越谷について

作成日:2001-08-20
 最終更新日:

人口ほぼ 30 万人の越谷市は、以前は日光街道の宿として有名でした。 「そうか(草加)越ヶ谷、千住の先よ」という地口を御存じの方がいるかもしれません。 戦後は東京のベッドタウンとなり、 スネークマンショーに「ホテルニュー越谷」とからかわれたこともありました。 最近は、どういうわけか南越谷阿波踊りというのが有名になっています。 そんな越谷に住む一市民のたわごとです。

付記:「ホテルニュー越谷」は実在しません。しかし、 「ニュー越谷マタニティクリニック」の看板は南越谷駅、新越谷駅からすぐのところにありました。 この建物は長らく空家になっていましたが、その後ダンススクールが入りました。そのときも看板は実在しました。 しかし、ダンススクールのあと学習塾が入ったのと同じ頃に、この看板は撤去されました。 2009年初めのことです(2009-10-24)。 また、「ニュー越谷給油所」というガソリンスタンドが電話帳に載っていますが、 私はまだ見たことがありません。 それに、このガソリンスタンドがあるのは、隣のさいたま市岩槻区(旧:岩槻市)大字釣上新田です。 なお、 私の別のページでも ホテルニュー越谷について記しています。

下記の越谷の地図は、かつて「ニュー越谷マタニティクリニック」があった箇所を中心としています。

まりんきょ学問所 > 越谷について


MARUYAMA Satosi