フォーレマラソンとは
2026 年 3 月 1 日、横浜みなとみらいホール 大ホールで、まる1日かけて「フォーレマラソン」が行なわれた。 「フォーレマラソン」の正式名称は、「国際音楽祭NIPPON2026 フォーレ室内楽全曲マラソンコンサート」 (imfn.japanarts.jp)である。 私は会場に行って聴いてきたので、いい加減な感想を記す。以下このコンサートを単に「マラソン」と称する。
なお、室内楽のマラソンコンサートは、2022 年にブラームスの作品で、2024 年シューマンの作品で行なわれていて、今回が3回めである。
曲目
曲目としてはフォーレの全室内楽曲を網羅している。全室内楽曲とは、全10曲からなる複数楽章からなるソナタや三重奏曲・四重奏曲・五重奏曲に加え、弦やフルートをソロとして書かれた楽曲の全体である。 具体的には、ジャン=フィリップ・コラールとパレナン四重奏団が中心となって録音された、 フォーレ室内楽曲全集(以下「全集」)で収録された室内楽作品とほぼ同じである。
ここで「ほぼ」という留保を加えたのは、上記全集の曲目に、「マラソン」ではカザルス編曲の「夢のあとに」が追加されているからだ。 「夢のあとに」はフォーレの作曲になるが、フォーレのオリジナルは歌曲であり、器楽の作品ではない。 ではなぜ「マラソン」に追加されたのか、ということについて考えた。それらしい結論はこうだ。 まず、今回のマラソンは4部構成になっている。そして、大規模な室内楽は10曲あるから、これらを4部に配分し、各部の先頭と末尾に据える。 そして先頭と末尾の間では小品をはさむのがいいだろう。 さて、フォーレのオリジナルの小品で「全集」に収録されているものを数えるとヴァイオリン4曲、チェロ5曲、フルート2曲の計11曲であり、これは4で割り切れない。 4で割り切れるように、つまり各部でちょうど3曲ずつ割り当てるようにするには1曲追加しなければならない。そうすると、フォーレで一番有名な曲を追加すればいいのではないか、 ということでたどり着いたのが「夢のあとに」になったのだろう。なお、「夢のあとに」はヴァイオリンで弾いてもいいと思うが、やはり知られているのはチェロだろう。
なお、舞台で演奏された曲以外にも、下記の曲がロビーで演奏された。どれも(曲と演奏楽器の組み合わせでは)全集には収録されていない。
- アレグロ・モデラート(2本のチェロのための)
- シシリエンヌ(フルートとピアノ)
- ノクターン第13番ロ短調(ピアノ独奏)
室内楽をフォーレオリジナルで埋めるには「夢のあとに」の代わりにアレグロ・モデラートを入れることも考えられたが、2本のチェロのみという編成はこの曲だけであるし、 演奏時間もごく短い。そのためロビーコンサートで弾くのがやはり妥当だろう。また、シシリエンヌは舞台で弾くのはチェロと重複するし、ノクターンはピアノソロなので室内楽と反する。 そのため、「夢のあとに」をチェロで弾くという判断に至ったのだと私は思う。
第1部
第1部は次の通りだった。
- ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13
- ヴァイオリン・ソナタ第2番 ホ短調 Op.108
- 初見視奏曲
- コンクール用小品
- 幻想曲 Op. 79
- ピアノ三重奏曲 ニ短調 Op. 120
ヴァイオリン・ソナタ第1番イ長調
ヴァイオリンソナタ第1番イ長調は、ベンジャミン・シュミット 〈ヴァイオリン〉と北村朋幹 〈ピアノ〉の演奏。大規模ソナタ形式による室内楽全10曲のなかではとりわけ有名なこのソナタを、 シュミットは甘く、切なく歌い上げていた。なんといっても、演奏の姿がいい。ときどき背伸びをして後に弓なりになる姿は、まるで荒川静香のイナバウアーを見ているようだった。 第2楽章の素直な感傷も、過不足なく表現していた。 第3楽章のスケルツォは、最初弓の飛ばし方が速すぎてピアノと少しずれたようだったが、2回目からの同じ個所ではうまく加減したのだろう、ピタリと合っていた。 第4楽章は流れが心地よく、フォーレの青春の息吹を感じた。
ヴァイオリン・ソナタ第2番ホ短調
ヴァイオリンソナタ第2番ホ短調は、金川真弓 〈ヴァイオリン〉と阪田知樹 〈ピアノ〉の演奏。
名声のみ知っていて恥ずかしながら演奏は全く知らなかった。
いっぽう、阪田さんのピアノはテレビで何度か聴いていて、圧倒的なテクニックに感嘆していた。
そのお二人が私の好きなフォーレをどのように料理するか興味津々だった。
では実際に聴いてどうだったか。第1楽章が始まって、まず金川さんのヴァイオリンを聴いて、最初は妙に曇っていると感じた。
第2番の曲想だから抑えたのだろうか、と思って舞台を観察すると、金川さんが演奏する体が主に上手側のほうに向いていたのだった。そういえば、シュミットさんは下手側にも上手側にも、
いろいろ向きを変えていたから、この違いだっただろうか。私は下手側の一階席にいたので、ひょっとしたら音が伝わりにくいのだろうと思っていた。そうこうするうち耳が慣れてきて、
特に曇りなく聞こえてきるようになった。私の耳は、もう耄碌しているのかもしれない。
耳が慣れてくると、なによりまず驚いたのはヴァイオリンだった。金川さんの演奏は音色もさることながら、脱帽したのは弓さばきである。
とにかく、弓の返しがなめらかなのだ。明らかにフレーズの途中で弓を返しているのになめらかなレガートが続き、
音がわずかでも途切れることがなかった。この美質は、どの楽章でも息の長いフレーズを歌わせる必要がある本曲にはぴったりだと感じ入った。まさに「真弓」という名前の通りだ。
阪田さんもつかずはなれずフォーレの難しい和声進行を把握していた。ただ、再現部を過ぎて、12/8 拍子のアルペジオが延々と続く第2展開部のあたりで、
わずかに乱れが生じたような気がして、一抹の不安がよぎった。
第2楽章が始まったとき、冒頭の阪田さんのとるテンポが心持ち遅いように感じた。これはこれで、今思えば金川さんの朗々と歌うヴァイオリンを活かすための仕掛けだろうと納得するが、
聴いている間は不審に思ったものだ。そして第2主題になったときに少し速くなり、一般に聴かれるテンポになった。これはどういうことなのだろう。疑心暗鬼のまま、第1主題の復帰部を迎えた。
そのとき二人は最初のテンポには戻らず同じテンポのまま突入し、そのまま最後まで弾き終えた。こういう解釈もあるのか。
第3楽章は最初こそ流れが気持ちいいが、カノンになったり3連符が入ったりして錯綜すると結構大変な曲だ。本曲は循環形式を採用しているので、本楽章に第1楽章の2つの主題が組み込まれている。
そして、組み込まれた第1楽章の第2楽章の主題が高らかに聞こえたあたりから、
どうもピアノの落ち着きが失われたように思った。そして、私の聞き間違いであると信じたいのだが、アルペジオがコンマ数秒止まってしまった疑いが残った。この名手にして、
こんなことがあるのだろうか。こんなことでこの曲の価値が、また今回のこの演奏の価値が減じられることはないと信じている。事実、X などで感想を見ると好意的な評が並んでいる。
ただ、私の中では、このフォーレのヴァイオリンソナタ第2番はやはり「鬼門」なのだろうかと自問を再度初めてしまったのだった。
そして金川さんの演奏があまりにも本曲の美点を余すところなく描き出していたので、過去のCDの演奏であれこれ言ってしまったことを恥じた。
ピアノ三重奏曲 ニ短調
ピアノ三重奏曲 ニ短調は、葵トリオ[秋元孝介〈ピアノ〉/小川響子〈ヴァイオリン〉/伊東裕〈チェロ〉]の演奏。「あおい」という読み方からだろうか、 小川さんが白地に青い模様の入ったドレスで、秋元さんと伊東さんが青地のシャツにベストを着て登場した(https://x.com/imfn_PR/status/2027953307889897585)。 フォーレ唯一の三重奏曲を、葵トリオは見事な造形で構築した。特に第3楽章が「攻めた」演奏だったと思う。冒頭のヴァイオリンとチェロのユニゾンは、 手許の譜面では連続する B と A をアップ・ダウンで弾くように指示されているが、お二人はダウン、ダウンで弾いていた(以下音形も同様)。これには感心した。
このトリオは、ピアノもヴァイオリンもすばらしかったが、特にチェロの歌心には舌を巻いた。
第2部
第2部は次の通りだった。なお、チェロとピアノの小品3曲は、上記リンク先にある順序から、下記の通り変更になった。
- ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 Op. 15
- エレジー Op. 24
- シシリエンヌ Op. 78
- 蝶々 Op. 77
- ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 Op. 45
ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調は、ベンジャミン・シュミット 〈ヴァイオリン〉と赤坂智子 〈ヴィオラ〉、佐藤晴真 〈チェロ〉、三浦謙司 〈ピアノ〉の演奏。
第2部冒頭に本曲が置かれた。私はたらふく昼食をとったので、演奏中眠くなってしまうのではないかと恐れていた。いざ演奏が始まると、眠気は飛んでしまった(ように思えた)。
第1楽章でのシュミットの甘く、切ない歌い上げ方はヴァイオリンソナタ第1番の演奏でも聞かれたが、ここでも美質が遺憾なく発揮されていた。
第2楽章のスケルツォはよく制御されたピアノのリズムと弦のピチカートがはまっていたし、トリオで弱音器をつけた弦が一糸乱れぬ(12弦乱れぬ、か)メロディーを披露していて、
アンサンブルとはこういうことかとプロの技に心が高鳴った。
しかし、問題は第3楽章だった。ゆるやかな進み具合のため、途中で意識が遠のきうっかり目を閉じてしまった。
このまま心地よい音楽に身を投じていると、なんということか、ヴァイオリンの音程が妙に甘くなってしまったのに気付き、私は驚いて目を覚ましてしまった。
甘い音程で目が覚めることがあるのだろうか、と半信半疑で頭をひねっていると、心地よい音楽が続いていることから再度リラックスした。
その結果、異世界にいざなわれるような気がして再度目を瞑ることになった。するとあろうことか、再度ヴァイオリンの音程が気になってしまった結果、現世に連れ戻されてしまった。
ただこの2回の瞑想で眠気が完全に払われて、再度演奏に集中できるようになった。
あれはいったい何だったのだろうか。
第4楽章で、コーダ部がハ長調に転調したすぐのところ、バイオリンに出てくる「叙情的な旋律」(下の譜例の f のバイオリン)が出現する次の個所に来て、涙腺が緩み、ウルウルしそうになった。
ピアノ四重奏曲第2番 ト短調は、諏訪内晶子 〈ヴァイオリン〉と鈴木康浩 〈ヴィオラ〉、イェンス=ペーター・マインツ 〈チェロ〉、ソン・ミンス 〈ピアノ〉の演奏。
何に驚いたかというと、ヴァイオリンの圧倒的なカリスマ性だった。放たれる音がすべて、ソリストとしての光輝く音だった。こんな目のつぶれそうな音を室内楽で出していいのだろうか。
それを救ったのが、この長い楽章を見通し良く支えるピアノの硬質な響きであり、ヴィオラがここぞとばかり仕掛けてくる人間の声に近い慰めであり、これら3人がくんずほぐれつして戦う舞台を支えるチェロだった。
私が特に感心したのはヴィオラのよく通る響きで、この曲にこんなフレーズがあったのかと感心することしきりだった。
第3部
第3部は次の通りだった。
- チェロ・ソナタ第1番 ニ短調 Op.109
- チェロ・ソナタ第2番 ト短調 Op.117
- 子守歌 Op. 16
- ロマンス 変ロ長調 Op. 28
- アンダンテ 変ロ長調 Op. 75
- 弦楽四重奏曲 ホ短調 Op. 121
チェロソナタ第1番ニ短調は、辻󠄀本玲 〈チェロ〉と阪田知樹 〈ピアノ〉の演奏。第1楽章は緊張感がみなぎった演奏。 第2楽章は、安らかで多様な音色がチェロから弾き出されていてプロの技に感嘆した。というのも、この楽章のチェロを練習したときに、 なかなか A 線の音色が柔らかくならないことに師匠から注意を受けたものだったからだ。第3楽章は心地よいフィナーレだったが、中間部でチェロとピアノのカノンが始まるあたりから、 多少ピアノの乱れが生じたように聞こえた(が、きっと私の空耳だろう)。最後は締めくくりの和音でまたとない喜びを感じ、もっと聴いていたいと思った。
チェロソナタ第2番ト短調は、上野通明 〈チェロ〉と北村朋幹 〈ピアノ〉の演奏。第1楽章で転調を重ねていくと、開放弦の多い調での明るい響きと、 開放弦の少ない調での暗い響きの違いがわかるのが面白い。 最後は長調に転じてト長調の三和音で締めくくられるが、このときチェロのDの音が弾き終えた後でも小さいながら余韻としてずっと聞こえていたのが愛おしくなった。 第2楽章は葬送の音楽を思わせるが、私の印象に残っているのはコーダで第2主題が最初ピアノの低音で、そして2拍遅れてチェロでカノンのように奏されるところだ。 ところどころ音が変容していく箇所に心を奪われる。第3楽章はピアノが所せましと暴れまわるのにチェロが傍観者的にメロディーを紡ぐ、その乖離が面白い。 実際の演奏もその乖離が強調されていて面白かったが、途中、チェロがピチカートになるところピアノが16分音符の分散オクターブで上下するところ、 今回の演奏では分散していない8分音符のオクターブで演奏されているように聞こえた。これでは弾けた(はじけた)解放感が減じてしまうようで残念だった。 最後は第1楽章と同じく、チェロの開放弦のD音がずっと響いていた。
弦楽四重奏曲 ホ短調は、レグルス・クァルテット[吉江美桜〈ヴァイオリン〉/東條大河〈ヴァイオリン〉/山本周〈ヴィオラ〉/矢部優典〈チェロ〉]の演奏。 本曲の第2ヴァイオリンとヴィオラには目を見張った。普通の弦楽四重奏団は、 外声である第1ヴァイオリンとチェロをまず固めてから内声である第2ヴァイオリンとヴィオラを充実させるはずだ。少なくとも私が聴いてきた弦楽四重奏団はそうだった。 しかしこのクァルテットでは、内声がしっかりと幹を作っていて、 そこから外声の第1ヴァイオリンの枝葉やチェロの根が伸びていくような、そんな作りをしているかのような音色と曲作りがされているかのようだった。 これは、フォーレの弦楽四重奏曲がそのようなつくりをしているからかもしれない。実演でそのような感慨にふけることはめったになく、コンサートの楽しみはこんなところにもあるものだと感心した。 第1ヴァイオリンの吉江さんがことあるごとに腰かけている椅子から頻繁に腰を浮かせている挙動をしていたのも、枝葉が伸びる印象につながったのかもしれない。
第4部
第4部は次の通りだった。
- ピアノ五重奏曲第1番 ニ短調 Op.89
- ロマンス イ長調 Op. 69
- セレナード Op. 98
- 夢のあとに Op.7-1
- ピアノ五重奏曲第2番 ハ短調 Op.115
ピアノ五重奏曲第1番 ニ短調は、金川真弓、米元響子〈以上ヴァイオリン〉と鈴木康浩 〈ヴィオラ〉、上野通明 〈チェロ〉、北村朋幹 〈ピアノ〉の演奏。
第1楽章ではピアノによる冒頭のアルペジオが響き、
これからフォーレの世界に入り込めるという幸せを味わった。メロディーは弦が一人ずつユニゾンで入っていき、四人のユニゾンが分裂してピアノがやむと弦のみの部分となる。
ここが非常にかっこいい。第1ヴァイオリンは 4e corde. (G線で)という指定があり、太い音でぐんぐんと迫ってくるのが泣かせる。ピアノが少しちょっかいを出したあと再度弦のみが自立し、
いろいろとからんでいくのがすばらしい。ヴィオラの音が太く、泣かせる。
第2楽章は、転調したあとのヴィオラの独奏が心に残っている。

第3楽章も喜悦にあふれていて、申し分のない演奏だった。
ピアノ五重奏曲第2番 ハ短調は、ベンジャミン・シュミット、諏訪内晶子〈以上ヴァイオリン〉と赤坂智子 〈ヴィオラ〉、イェンス=ペーター・マインツ 〈チェロ〉、ソン・ミンス 〈ピアノ〉の演奏。
私が心配したのは、ピアノ四重奏曲第2番で強烈なソロの印象を放った諏訪内さんが、第2ヴァイオリンの枠に収まるのかということだった。
また、第1部と第2部で、初期作品を好演したシュミットさんが、第1ヴァイオリンで後期作品の陰影をどこまで深く彫琢できるかどうか、ということにも興味がわいた。
さらに、第2部のピアノ四重奏曲第2番で構築性の高さを表現したソンさんが、後期作品にどこまで迫れるかという期待もあった。
さて実演はどうだったかというと、自分の望みが高すぎたためか、あるいは不可能なためか、どうにも最初は割り切れない思いをしたのだが、演奏を聴きながら、またこうやって感想を書きながら、
このようなフォーレもまたすばらしいと思うように考えを変えた。
たとえば冒頭のピアノのアルペジオは、もっと弱音で霞や靄や霧が出現するような雰囲気があってほしいという気持ちを抱いていたのだが、
舞台から聞こえてきた音はドとソの足場が明瞭に見えているピントのあった写真だった。このような見通しのよいフォーレもまた、聞きごたえがあるものだ。
弦楽器も明瞭だった。第2ヴァイオリンが第1ヴァイオリンの領域を汚すことはなかった。また、ヴァイオリン2本を初めとする弦楽器の歌心は曲中にあふれていて、
初期だ後期だとスタイルの違いを声高に言い立てるのはかえって野暮だということに気が付いた。赤坂さんやマインツさんも、時には二人のヴァイオリンを支え、時には自らの歌を歌いあげ、
要所でこの難しい五重奏曲を締めていた。総括すると、やはり名演だったといえる。