3.刀舟の事情

 それにしても、困った。

実を言うと、先に述べたような事情もあったし、当時アパート
の2階(刀舟は1階)に入っていたお姉ちゃん達が、夜中に洗濯機
を回す、なんの断りも無く刀舟の部屋の前に自転車を置く、その
彼氏は乗ってきた自転車を刀舟の部屋の出入り口の戸に重なるよ
うに置く、社会人のくせにそれを注意するとフテたような態度を
取る…など、刀舟本人も引っ越したくて仕方が無かったのが本当
の所だった。それでも、引越しを決意することができないくらい
に、懐具合は苦しかった。無駄遣いのせいもちょっとあるが。

 どう考えても、引越し代なんて出ない。レコードやCDを全部売
ったなら…オーディオも全部売ったなら、なんとかなるかもしれ
ない。しかし、それはムリというものだ。

 「…親に相談する?いや、しかし…。」

 誰もが、「何でそうしない?」と思うだろう。自分でも、そう思
う。しかし、できなかった。自分は、両親に随分と親不孝をしてい
たから、このうえ金をくれ、とは言いにくかった。

 「…兄貴に相談してみるか。」

 兄が引越しに必要なだけの金を自分に貸せるとは思わなかったが、
それでも少しくらいなら貸してもらえるかもしれない。早速、電話
をしてみた。

刀舟「実はなあ。かくかくしかじかで、途方にくれてんねん。」

兄貴「うそ!それは困ったな。何やったら、

俺の部屋にいっしょに住んでもええぞ。」

…え?えー、と。あの、俺の今住んでいる部屋よりちょっと
狭い
1Kの
あの部屋?

刀舟「…俺の居場所は…。」

兄貴「台所に、ベッド置け。」

刀舟「持ち物は…」

兄貴「売るか、捨てろ。」

それができるなら、苦労はない!

続く