7.Aron's Record

  夜食を食った後、特に眠いというわけでもなかったが、眠ることに
 した。この日は夜遅くまでライヴを見ることになるだろう。今のうち
 にできるだけ睡眠を取っておいた方がいい。それに、朝4時〜5時に
 起きていても、やることはないし。

  2度寝の後、起きてみると10時過ぎだった。なかなか、ちょうど
 よい時間だ。

 「よし、じゃあまずは、レコ屋へ行ってみるか。」

  ライヴ会場があるとおぼしき番地の傍を通っているハイランド・
 アヴェニュー沿いに、ガイドブックにも掲載されているような中古
 レコード店が一件あったのだ。方角的にはライヴハウスよりも随分
 北だが、まずこの店へ行って、その後通り沿いに南下、ライヴハウス
 を探すことにした。鉄道がない代わりに、バスはあらゆる通りを
 縦横無尽に通っている。バスを乗り継ぐことで、それほどの苦も無く
 目的地に辿り着くことができるだろう。

 ロス市内を走っているバスにはいくつかの種類があるが、一番
 多くて解りやすいのは、メトロバス。回数券に相当するtokenとか
 いうコインを買うとお徳だったので、昨日のうちにとある化粧品店
 で購入。バスの運賃は1路線1ドル35セントだが、これなら10枚
 買っても10ドルより安い。とりあえず、6枚購入しておいた。

 近くの交差点まで出てくると、ちょうどメトロバスが停留所に
 止まっている。よし、いっちょこれに乗ってみますか。

 「すみません、これ1枚でいいんですよね?」と、運転手のおじさん
 に尋ねてみた。そんなもん購入時に確認せんかい、と思うだろう。僕
 もそう思ったし、実際そうしたのだが、化粧品店の店員のねーちゃん
 が嫌なやつで、きちんと答えてくれないどころか「うっとーしーわね、
 んなことも知らないの?」といった感じだったのだ。

 「ん?何?トランスファーなら、25セントだよ。」

 …この時点で、自分の英語力に対する信頼は全く無くなった。

 「あ、いや…これは、一枚?」

 「ああ、そう。1枚。」

 「じゃ、あと、トランスファーを下さい。」

 「はい、じゃあそこに25セント入れて…はい、どーぞ。」

 この運転手さんは結構親切だった。おかげで、あまりもたつかずに
 バスに乗ることができた。

 尚、トランスファーとは1路線だけ、乗り換え可能なチケットのこと。
 有効時間はどのくらいだったか忘れたが、数時間程度なら乗り継ぎ場
 でぶらつくことも可能なくらいの間だったと思う。

 バスに乗ること約二十分(乗り換え1回)、最初の目的地であるレコ
 屋に到着。店の広さ自体は、まあまあ、といったところ。半分くらい
 のスペースがCD、残りの3分の2がレコード、あとはビデオが並んで
 いる。お目当ての品は、もちろんレコードだ。

 店の中を突っ切り、奥のレコード棚へ。分類はかなりいい加減だが、
 果たしてその品揃えは?

 「むう…。安いな。」

 品揃え自体は、驚くようなものがわんさか置いてあるというわけでも
 なかった。しかし、値段は安かった。ジャケの状態がかなり悪いもの
 が多かったが、盤自体はしっかりしている。お買い得だ。以下、この
 とき購入したもの。

1ドル前後

 The Night Chicago Died / Paper Race

Six O'clock / The Lovin' Spoonful

Just a Little Bit Better / Herman's Hermits

There's A Kind Of Hush / Herman's Hermits

White Christmas / The Drifters

A Place In The Sun / Stevie Wonder

Keep On Dancing / The Gentrys

以上、シングル盤

 Reach Out / Burt Bacharach(LP)

2〜3ドル前後

 New York Tendaberry / Laura Nyro

 Storney End / Barbra Streisand

Burt Bacharach / Same

What's Up, Tiger Lily? / The Lovin' Spoonful

 全てLP

4ドル前後

Joe vs Volcano (Video)

Tom Hanks主演。テーマ・ソングがエリック・バードン
  の『16トン』。90年作品。

6ドル前後

 98.6 / Keith(LP)

8ドル前後

 Cruising with Ruben & the Jets / The Mothers of Invention (LP)

  ヴァーヴ盤でこれなら、安いか。このくらいの値段になると、
  ジャケも盤も状態良好。

以上。

 個人的には、キースとペーパー・レースが嬉しかった。
 もっとも、後でちょっとしたトラブルがあるのだが…
 それはまたの機会に。

 荷物になるし、予算も限られていることだから…と、あまり買い物
 はしないつもりだったのだが、結構買ってしまった。ここ数ヶ月、
 レコ屋に近づかなかった反動だろう。いつもなら我慢するような
 ものまで「安い」というただそれだけの理由で買ってしまった。

 レジへ行くと、「日本人?」と思ってしまうようなニット帽を被った
 おにいちゃんがいた。レコを渡して勘定を待っていると、何やら店の
 マスターらしき人物がこのおにいちゃんに「おい、それいいからこれ
 とっととやっとけよ」とばかりにきつく叱ってきた。叱られるまま、
 そのにいちゃんは別の場所へ。僕はというと、放っとかれたまんまだ。
 おいおい、どーなってんだ。

 しばらくすると、今度は綺麗だが愛想のないおねえちゃんが「ごめん
 なさいね」と言ってレジにやってきた。どうでもいいが、あまり感情
 がこもっていない詫びの言葉などむしろない方がいい。

 まあ、ちょっと嫌な気分にはなったが、悪い買い物ではなかった。
 店を出てから、今度は通り沿いに南下、ウィルシャー・ブルバード
 まで行くバスに乗る。

 夜のバスは怖いと聞いていたが、昼間はいたって普通。誰でも安心
 して乗ることができそうな雰囲気だ。子供におばちゃん、おねえちゃ
 んも沢山いる。みんなちょっとぶつかっただけでも「すみません」
 と丁寧だし(当然のマナーだが)、僕が荷物持っているのを見て
 「ヘイ、ここ空いてるよ」と声を掛けてくれる人もいた。普通だ。
 バスの作りも、日本と大して変わらない。違うところといえば、
 バスでも鼻のあるバスが普通だということ、そしてバス亭に止まって
 もらうサインは、ボタンを押すのではなく車内上方、壁沿いにぐるりと
 廻らされた紐をひっぱるようになっていること…ぐらいか。

 南下すること10数分、ウィルシャー・ブルバードへ。番地を確認
 しながら、目的地のEl Ray Theaterまで歩く。睨んだとおり、下車
 してからそれほど遠くない場所にライブハウスを発見!公演予定表
 にはしっかりと、「Eric Burdon & The New Animals」と書いてある。

 「ウィルシャー・ブルバードを走っているバスに乗って、小屋の
  真前にある停留所で降りればいいな。よし、思ったより簡単に
  見つかった。」

 この時点で、すでに2時か3時頃だったか。昼メシを食っていない
 ことに気付いた僕は、宿へ戻って買い置きの食料を食うことに
 した。…まだパンが沢山残っているのだ。

 僕は再びバスに乗り、宿屋へと戻った。
 宿屋から一番近いバス停のすぐ傍には、初日に買い物をしたスーパー
 がある。宿に戻る前に、水と何かソーダを買っていくことにした。

 スーパーに入ってすぐ右手のコーナーに、日本言えばお惣菜コーナー
 があった。

 「…あのパン、何かおかずなしには食えんよなー。」

 ポテチはあったが、あれだけでもちょっとつらい。なにより、お菓子では
 食った気にならない。何か適当なものはないかと惣菜コーナーを見て
 いると、うまそうなフライドチキン発見。よし。これを買って行こう。

 値段を見てみると、どれだけの量いくら、と書いてあるのだがなにせ
 日本と単位が違う。よくワカラナイ。ここはひとつ、適当に頼んでみよう。

 「すんませーん。チキン5ドル分。」

 するとおばちゃん、ささっと5ドル分のフライドチキンをつつんでくれた
 …のだが…。

 「ア…アウ…?」

 刀舟の握りこぶし二つ分もあるかというようなチキンが6個。とても
 じゃないが、一度には食えない。

 「…しょうがねー。夜にまた食うか。」

 …結局、犬も食わないクエーヌパンと一回2個が限界のチキンでロス
 3日間を過ごすことが、ここで決定したのだった。

続く