2025年8月の出会い
(虫を主として様々な動植物との出会い・行事・新刊の紹介など
~~8月6日・80年目原爆の日・(水曜日)~~
☆「茸読み物」で青空文庫でも人気の山内兄人さん(針鼠の本棚)
(草片文庫)が、拙著『A broken promise』(壊された約束)を本にして、
表紙の茸雲もこの小さな物語のために彫って下さったのは
2019年の8月6日でした。当HPでは何回かご紹介しましたが、
80年の節目の年に再掲載することにしました。
(以前に掲載した作品はサーバーの都合で読めなくなっています💦)
☆彡読みづらいかもしれませんがご高覧いただけましたら有り難いです☆彡
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『壊された約束』(A broken promise)西沢杏子・作 山内兄人・絵
![]()
~Ⅰ~
2019年8月6日の早朝。
中学生になったぼくは、いま、広島市にいる。太田川にかかるTの字型のユニークな橋、相生橋のたもとに
いる。
「この木陰で、待っていてくれ」
レンタサイクルにまたがった隼人おじいちゃんは言った。ちょっと緊張している。
「気をつけて行ってきてね」
ぼくは心配しているのを顔に出さないようにして手を振った。
おじいちゃんはここから8キロも離れた村へ、トマトを一個買いに行くという。戦争中、おじいちゃんが疎開していた村だ。
広島はおじいちゃんが育った町。それなのに、おじいちゃんは広島で過ごした少年時代について、これまでぼくに話をしたことはなかった。きのう新幹線のなかで、これまで集めていたという新聞の切り抜きを見せたり、さまざまな打ち明け話をするまでは……。
これまで、おじいちゃんがなぜ広島へ来なかったのか、その理由をぼくははじめて知った。
おじいちゃんは、この広島で、自分の健康だけでなく、もう一つ、大切なものを失っていた。
ボーン、ボーン、ボーン……。
1945年8月6日――。
柱時計がのどかに時を知らせた。
「わっ。こりゃあ寝すぎてしもうた! 7時になっとる!」
隼人は飛び起きた。冬馬との相生橋での約束は8時。隼人は土間のわらぞうりをつっかけ、前庭へ出た。おじさんの家の周りの庭は、夏の花で囲まれ、花の向こうに、トマトやナス、スイカ、サツマイモ畑が広がっている。
父さんが出兵して、隼人と母さんは二人だけになり、おじさんの家に疎開してきている。だから、母さんはいつもおばさんの手伝いばかりだ。畑の草取りに夢中な母さんは、隼人に気がつかない。
隼人はおじさんの荷馬車のある納屋に行った。空っぽだった。荷馬車で広島の町へ出かけるおじさんの荷台に潜り込むつもりだったのに。おじさんはもう町へ行ってしまったのだ。隼人はたった一人で、しかもあと1時間で、相生橋に辿り着かなくてはならない。
広島の町に住んでいたときは、空襲警報のサイレンが、昼も夜も鳴りひびいた。アメリカの爆撃機B29に、だれもがおびえていた。B29が落とす爆弾が、これまでにいくつもの町を破壊していたからだ。
隼人は町に残っている友だち、冬馬のことが心配でたまらない。会いたくてたまらない。家が鍛冶屋をしている冬馬は、いっしょに疎開ができなかった。両親を手伝って、弟や妹のめんどうをみなくてはなら
ないからだ。そんな冬馬に隼人は手紙を出していた。
冬馬へ
元気か? これはひみつの手紙だ。こっそり読んでな。ぼくは村をぬけだすことに決めた。冬馬とエビたちのことが気になって、じっとしておられん。バクダンが落ちたら、冬馬はいちもくさんで逃げろ。
ぼうかよう水のヒゲピンとデメマルは、ぼくといっしょにそかいするか、太田川にもどすか、二人でよかみちをかんがえよう。
6日の朝早く、おじさんがやさいをうりに町へ行く。ぼくはその馬車のにだいにもぐりこむ。冬馬はヒゲピンとデメマルをバケツにいれて、あいおい橋のいつもの土手へこいな。時間は8時。みやげにトマトを持っていくぞ。やくそくげんまん。
隼人より
時間がない。隼人は焦った。おじさんの馬車は、もうどこにも見えないから、一人で行くしかないのだ。大急ぎで、でも用心深く、トマト畑にもぐりこんだ。草取りをしているおばさんと母さんに見つかったら、
一大事だ。赤く色づいたトマトをすばやく一つもぎとり、ハンカチでくるんだ。
畑を出ると、一目散に駆けだした。
とたんに胸がどきどきし始めた。
たった一人で村をぬけだすことが、おそろしいことに思われた。だけど、隼人は行かなければならない。村を流れる川にそった土手道を、広島の町へ向かって走り出した。
――ちょうどそのころ、原子爆弾を積んだB29エノラ・ゲイ号は、広島めがけて接近しているところ だった――
~Ⅱ~
ぼくは腕時計を見た。おじいちゃんが、もどってくると約束した8時だ。たくさんの人々が、平和記念公園に向かって集まってくる。
花束をだいた人、千羽鶴をさげた人。外国人の姿も見える。線香の匂いが、ただよってくる。多くの人々の静かな動きのなかに、セミの鳴き声が、やかましいほど降ってくる。
ぼくはスマホをポケットに入れた。スマホでゲームをしながら、おじいちゃんを待っていたことが、急に恥ずかしくなった。
木立の向こうから、原爆ドームがぼくを見ている。
おじいちゃんが新幹線のなかで話した日本の戦争、その始まりや終わり。原爆で骨組みだけにされたあのドームは、戦争の無惨な終わりを体験し、記憶している。
ぼくはドームに圧倒され、もぞもぞと体を動かした。朝日がさしているのに、寒気をおぼえた。ぼくは、なんてなんにも知らずに中学生になっていたのだろう! 学校で勉強しただけで、戦争のことをなんでも
知っている気になっていた。
同じ家で暮らしているおじいちゃんのことでさえ、ちっとも知ってはいなかった。おじいちゃんが白血病にかかっていて、何年も治療を続けている原因が、この広島にあったことも、きのうはじめて知った。
――広島上空、視界良好。原爆の投下目標、相生橋がくっきりと見えるーー
おじいちゃんが旅行鞄から出して見せてくれた本のなかの、エノラ・ゲイ号の乗組員の会話が、町の雑音といっしょに聞こえたような気がした。
隼人は目を吊り上げて、土手を走っていた。おじさんの村がどんどん遠くなる。でも、遠くなるだけ、冬馬と相生橋が近くなる。ヒゲピンとデメマルを助ける方法を決めたら、冬馬と思いっきり遊ぶぞ、と隼人は思った。
釣りもいいな。泳ぐのもいいな。相生橋の欄干から飛び込むことだって、二人はこの夏からできるようになっていた。
村の川が太田川と合流するあたりまでくると、隼人の不安は一気に吹き飛んだ。ここまでは隣の兄さんと、遊びにきたことがある。ほっとすると、急におなかがすいてきた。朝ご飯も食べないで、出てきてしまったのだ。暑くてのどはからから。
食べてしまおうか、ハンカチにくるんだトマト。いや、いかん。これは冬馬との約束のトマトだ。人の物をとったり、約束を破ったりする子がいたら、戦争に負けると、先生がいわれた。
欲しがりません、勝つまでは、だ。もうすこしのがまん。もうすこしで町へ着く。
隼人はふたたび走りだした。
――エノラ・ゲイ号の中では、すでに原爆の投下準備が終わっていた。緑色の安全プラグは、赤いプラグにとりかえられ、原爆はいつでも使える兵器になっていたーー
~Ⅲ~
ぼくが、土手に男の子がいるのに気がついたのは、腕時計で8時10分をたしかめたときだった。白い半ズボンだけで、上半身裸の男の子。真っ黒に日焼けして、小さなバケツを提げている。
男の子はバケツを両足の間に、しっかりはさんですわった。はだしだ。いがぐり頭のあちこちに、ひっかきむしったあとがある。
「待ってろ。もうじき会えるぞ」
男の子はバケツの中に首を突っ込むようにして、話しかけている。
なにが入っているのだろう。後ろからのぞきこんでみた。銀色に透きとおった殻、長い触覚を持つ2匹の川エビだ。
8月6日の朝、8時。相生橋の土手。2匹の川エビ……。
もしかすると、この男の子は?
隼人は川に沿った土手を走り続けた。
右のわらぞうりの底が、へたり始めた。靴をはいてくればよかった。村で靴をはいていて、町の子はぜいたくだと言われてから、隼人は靴をはかない。
道ばたの笹やぶに、右のわらぞうりを投げ捨てた。左の方はまだはけるかな、とかがんだ瞬間だった。
土手下の川面が、ぎらっと光った。
爆弾だ! 川中の魚が、爆弾にやられて腹を見せたんだ!
と、思うまもなく、隼人もまた笹やぶの中へ吹き飛ばされていた。
――8時15分、原爆はついに落とされ、相生橋の上空、600メートルで炸裂した――
~Ⅳ~
平和記念公園の鐘が鳴り出した。
ぼくの全身が、しゃんとなった。まるで、ぼく自身が原爆の放射能を浴びているような。エノラ・ゲイが、いまこの瞬間、ぼくの頭上に原爆を落としたような。ここで、おじいちゃんを待っていたおじいちゃんの
友だちに、ぼく自身が重なっているような。
ぼくは、しびれるような懐かしさにおそわれ、男の子のいる土手を見やった。男の子は、いなかった。土手のどこにも。橋の上にも。
ぼくはこのときになって、周りの人々が、その場に立ち止まり、目をつぶり、じっと、うつむいて、黙祷していることに気がついた。
人間だけではない。相生橋、ドーム、そこらの石ころまで、息をひそめていることに気がついた。
思い出している!
想像している!
1945年の8月6日を! 8時15分を!
ぼくも目をつぶって、黙祷した。
と、ぼくの体の中で、すさまじい爆風が起こり、相生橋をゆるがした。おじいちゃんの友だちを焦がした熱線が、ぼくのまぶたをひきつらせた。
バケツがひしゃげ、赤く焼け、年月を経て夏草に埋もれていく様が浮かんだ。
――おお、神よ!我々はいったいなにをしたのでしょうーー
原爆を落としたエノラ・ゲイの乗員の叫び声が、「なぜ、人間は戦争なんかやるんだろうな」と、つぶやいたおじいちゃんの声と入り交じった。
われに返ると、おじいちゃんが自転車にまたがったまま、ゆらりと立っていた。ぼくは駆け寄った。
おじいちゃんを助けて、自転車を止めた。
その場にうずくまったおじいちゃんは、しばらく両手をにぎりしめていた。
「また、ちょっぴり遅れたぞ、おじいちゃん」
ぼくは小声で言った。おじいちゃんは顔をあげずにうなずいた。
「もう一度、来年、やり直さなくちゃね」
おじいちゃんは、すこし間をおき、深呼吸をするように、大きくうなずいた。
「うれしいぞ。そんな風に言ってくれて」
おじいちゃんはやっと顔を上げ、ぼくの目を見て微笑んだ。
「トマトは? トマトはちゃんと買ってきた?」
ぼくがきくと、おじいちゃんは自転車のかごの紙袋から、真っ赤なトマトを一つ取り出し、土手の夏草の上に置いた。
大きなトマトを置いたとたん、おじいちゃんが、はっとするのがわかった。急に犬のようにはあはあいいながら、トマトのわきの草をかき分け、なにかをほじくり出した。
赤錆びて、ぺしゃんこで、泥のついたそれを、おじいちゃんは熱心に調べた。
「ブリキの取っ手が、あったとこだ」
おじいちゃんは、丸い穴を指さした。
「この厚みのあるとこが、底だよ。なっ!」
ぼくは首をかしげた。
74年も前のバケツの欠片が残っているはずないよ、と思ったけれど、おじいちゃんの気持ちを思うと言葉にできなかった。
「バケツだぞ、これ。ヒゲピンとデメマルを運ぶのに使ってた……」
おじいちゃんは、さっきの男の子が持っていたバケツのことを言っているのにちがいない。目の前の物は、つぶれた空き缶のように見えはしたけれど、ぼくはうなずいていた。
「あいつの名前が、ここに書いてあった」
バケツの底だというところを、おじいちゃんは指さして言った。
「745年も、経ってしまったんだよ、おじいちゃん」
ぼくはやっと、それだけ言った。
「そうだな、そうだったな。冬馬は74年前に、一度、死んでしまったのだったな」
ぼくは驚いて、おじいちゃんを見た。
ああ、そうさ。というように、おじいちゃんはぼくを見つめ返した。
それからもとの場所に「バケツ」を置き、トマトをその上にそっと乗せ、背中を丸めて手を合わせた。
鳴り止んだ鐘が残した余韻が、やさしくおじいちゃんを包んだ。
じっとりと汗のにじんだおじいちゃんのシャツ。ぼくはシャツの背中をつまんで、川風を入れてあげた。
「ありがとな、冬馬」
おじいちゃんは子どもみたいに鼻をすすりあげ、かすれた声で、ぼくの名前を呼んだ。
(終わり)
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世界中がきな臭い現代。多くの悲劇を生む原爆のような兵器が
二度と使われることのないことを切望します
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~~8月5日(火曜日)~~
☆7月22日にご紹介したヒマワリの花。実は阪神淡路大震災で
亡くなられた「はるかちゃん」宅の跡地に咲いたひまわりだと
送って下さった先生に教わりました。先生は、毎年、育てられて
いるとのこと。4メートルを超すほど高く真っすぐ育つので、
はるかちゃんに届きたいように思えてきます。観ていると、
元気が出る不思議な色のひまわりですよ(。・ω・。)ノ♡
「はるかのひまわり絆プロっジェクト」
☆7月22日は大きい花だけでしたが、細い茎の方も開花。
大きい方はタネができそうで、わき目が3本も出て、
そちらも開花し始めています。
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~~8月1日(金曜日)~~
☆暑い暑い6、7月でした。わが家のガレージ(屋根付き)の
温度計では、7月29日の37℃が最高記録でした。
こんな猛暑で、セミの声もほとんど聞こえません。
家の前の電柱で羽化したアブラゼミ。抜け殻が小型です。
水槽で溺れていたマルカメムシ。近くの葉っぱに移したら、
ひっくり返りました。全然焦らないのは見習うべきか?!
今度は指から離れず、堂々としています。
大豊作だった縁側菜園のミニトマトもこの一個でお終い。
ルビーに負けない輝きで、毎朝楽しみに眺めました。
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