旅日記Vol.60  走る窓から眺めたら 富山地方鉄道ダブルダッカーエキスプレス   (全ての写真はクリックすると大きくなります) 2013.9.11 富山

平成25年3月31日、この日関西で或る電車が引退した。ボクが子供のころから大好きな京阪電鉄旧3000系だ。昭和46年のデビュー以来、大阪と京都の間を走り続けたその電車は「テレビカー」の伝統を守り、まさに京阪間のクイーンとして君臨した。

京阪旧3000系は後輩8000系「エレガントサルーン」がデビューしてから、やや活躍に陰りが見えてきた。仲間の多くは引退し富山地方鉄道や大井川鐡道に活路を見出したが、残った1編成は予備車として余生を送っていたが、やがて特急の運転本数が増加して特急運用に復帰、さらに増える需要に対し京阪が出した答えは「電車の二階建て」だった。まずは旧3000系の1両をダブルデッカーに改造、特急に連結したところたちまち大人気を博した。続いて8000系「エレガントサルーン」にもダブルデッカーを新造して増結したのである。

後輩たちに交じって活躍を続けた旧3000系だったが、京阪での活躍も終わる日がやって来た。電車を愛した多くの人に見送られ、京阪間を去った。

いっぽう、京阪旧3000系の多くが10030系と名を変え走っている富山地鉄で、北陸新幹線開業を視野に入れた観光列車が走り出していた。もと西武レッドアローの16010系をリニューアルして「アルプスエキスプレス」として土日祝日に運転を開始、好評で迎えられた。続く観光列車第二弾として導入されることになったのが、京阪で最後まで活躍した旧3000系のうちダブルデッカー車1両を既存の10030系に組み込み走らせるというプランだったのだ。

10030系は移籍後しばらくは京阪特急時代のままの姿で特急としても走っていたが、やがて仲間が増えると富山地鉄カラーに変わってしまい普通電車主体に。ところが京阪が旧3000系引退をアナウンスした平成24年秋、京阪、大井川鐡道とタイアップして記念イベントを行うことになり、同時に1編成を京阪特急時代の姿に戻したのだ。鳩の特急マークも復活して一度だけ特急運用にも就いて話題を呼んだ。その後もマークから「特急」の文字だけを隠し「富山地鉄の京阪特急」は走り続けた。何か起こるのではないかと憶測を呼びながら…。

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もっとも京阪で運転を終えた旧3000系だったが、ダブルデッカー車だけは最終運行の1週間前に編成から外されていた。「どこかへ移籍するらしい」という噂はその頃から流れていたようだ。その後なかなか動きがなく、もしかしたらダメだったのか…と思った矢先、寝屋川の車庫からトレーラーが大阪港へと向かった。ダブルデッカーの搬出だった。なんと陸路ではなく船に載せられて富山港へ、再びトレーラーで運ぶという前代未聞のルートだったのだ。無事上市駅の側線に着いたダブルデッカーは稲荷町の工場で改修が行われた。北陸のみならず、全国のファンが注目する中、この8月25日ににお披露目、翌26日から定期運用に入り「ダブルデッカーエキスプレス」として見事に蘇ったのである。時代祭のイラストも著作権の手続きがなされ、そのまま残された。

早速その26日に富山へ行き、宇奈月温泉から電鉄富山へ向かう特急『うなづき10号』を撮影した。編成は短くなったものの京阪特急そのものだ。しかもダブルデッカー。大好きな電車がこうして北陸の地で新たな活躍を始めた…思わず熱いものがこみ上げた。

しかしますます想いはつのるばかり。乗りたい。撮るだけで終わらせてどうする。電車は乗ってこそ価値があるというもの。そんな時#2が背中を押してくれた。

「せっかくなら乗ってこようよ」。8月下旬から雨続きだった北陸、やっと秋の気配が見えて晴れる予報も出た。特急『うなづき5号』で宇奈月温泉へ行くことにしようと決定。
HPではダブルデッカーの席は3日前まで電話予約受付との事だったが、ダメモトで前日に電話してみるとあっさりオッケイ。2階席をリクエストしたのはいうまでもない。宇奈月温泉でその先トロッコというのは時間がなくムリだが、散策は出来そう。これは楽しみだ。

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北陸道を富山まで走り、富山駅前でコインパーキングを探す。ちょうど1日上限800円のトコがみつかり、まずは優雅に車内で駅弁をとCIC内の土産物コーナーで鱒の寿司を購入。電鉄富山駅の窓口で予約を伝えると、HPでは2階または1階の座席確保のみとなっていたが、実際は席を指定して混乱を防いでいる様子。いい席をアサインしてもらった(嬉)。しばらくして稲荷町から電車が回送されてきた。10030系第2編成「ダブルデッカーエキスプレス」だ!!

ダブルデッカーエキスプレスの入線
ダブルデッカーエキスプレス、入線!!

はやる気持ちを抑えて改札を通る。目の前にあるのは正真正銘のダブルデッカー。これまで京阪でしか繰り広げられなかったドラマが、今ここにある。信じられないような夢の世界と言えば大げさだろうか。折しも平日なので特急運用に入らない16010系「アルプスエキスプレス」が並んだ。レッドアローとテレビカー…。ううっ(泪)。

アルプスエキスプレスと並んだ あのイラストもそのまま
アルプスエキスプレスとの並びが実現 時代祭のイラストもそのまま

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走る窓から眺めたら発車時刻が迫り、席に着く。ダブルデッカーは集団離反式の固定シート。上市までは後ろ向き。ボクの頭の中でだけ淀屋橋で、三条で聴いたあの「フィガロの結婚」の発車メロディが流れた。もちろん実際は流れないが(笑)。電車は静かに電鉄富山駅を離れた。1時間ちょっとの旅の始まりだ。意外にも2階席は観光客数人と鉄らしき人が1人だけ。

工事たけなわの北陸新幹線の高架に沿ってしばらく走ると工場のある稲荷町を通過、窓の外にはやがて富山平野の景色が流れ始める。立山線が別れる寺田で停車して上市に着くと電車の進行方向が逆になる。富山地鉄の複雑な歴史の名残だ。車窓を愛でながらの鱒の寿司は最高の味だった。

実はこの日、この電車で初の経験が二つもあった。というのも、京阪旧3000系時代にこのダブルデッカーに乗ったことがなかったのだ。最後に旧3000系特急に乗ったのはレイル・ストーリー取材時に中書島から淀屋橋へ向かった時。途中駅からの乗車なので1両だけのダブルデッカーは既に満席、仕方なく一般席車に乗るしかなかった。もっとも8000系ダブルデッカーには乗ったことがあるが、こちらは全席転換式シートなのでもちろん前向きに座れた。それゆえ旧3000系ダブルデッカーはずっと憧れの存在だった。

それとご存知の通り京阪特急はダブルデッカー車といえども料金不要。運賃だけであの快適空間が簡単に手に入る。でも富山地鉄では特急料金はもちろん必要で、ダブルデッカー車は指定券も加算される。つまりプレミアを払って乗ったのも初めてなのだ。

夢が今になって叶い、ダブルデッカーの「走る窓から眺めたら」は最高の気分。稲刈りは大部分終わり、始まったばかりの秋の景色がまた新鮮だ。中滑川辺りからJR北陸線と並走、やがて立体交差してこちらが海側に変わり、魚津市内に入ればJR線と共に高架線を走る。まるで京橋からの複々線を走っているようだ。

しばらく自席を離れ、1階席にも座ってみる。こちらもなかなか落ち着いた印象で、車幅の都合で3列シートとなっている。窓の外はかなり地面に近い。目線の先はちょうどホームの高さだ。しかしこの高さ、停車駅では目のやり場に困るという噂も…(笑)。


記念プレートは鳩のマーク
鳩のマークの記念プレートがついていた

1階席  1階席からの車窓
落ち着いた印象の1階席  1階席の窓の外を流れるJRの線路 

中滑川あたりから富山地鉄本線とJR北陸本線は並走する。その向こうはすっかり様相を変えた田圃が広がる長閑な風景が続く。しかも直線コースとあって特急『うなづき5号』は快適な走行ぶりを見せてくれた。やがて北陸線と共に高架線となり、魚津市内を走る。そのうち車窓の街が賑やかになり、まるで京阪の京橋から続く複々線を彷彿とさせてくれた。
電鉄魚津からは停車駅が増えていく。かつてJRと構内で接続していた新魚津は、跨線橋こそなくなったがレールが繋がっていた頃を思い起こすには十分な雰囲気も残っている。やがて映画「RAILWAYS 2」でもよくスクリーンに登場した電鉄黒部。地方私鉄の中間駅としては大きな規模で、高度成長期の頃まで鉄道が輸送の主導権を握っていた頃の賑わいがあったはず。

この先、線路は黒部川沿いへと向きを変え、徐々に山間部へと切り込んでいく。北陸新幹線の高架線と交差が姿を現した。そこは新黒部駅で富山地鉄にも結節点となる新駅が出来るという。鉄道によるアクセスとして期待したいところだ。

2階席への階段 京阪時代のまま
旅ごころをくすぐる2階席への階段 京阪時代と全く変わらない2階席

徐々に勾配がきつくなり、そろそろ終点の宇奈月温泉が近づいてきた。いくつかトンネルもあり、それも京阪時代の地下線を思い出させてくれた。トンネルをそのまま行くと淀屋橋に着きそうな、いや着いてほしいという叶わぬ願いも。でもこんな風光明媚な風景の中を行くダブルデッカーエキスプレスもまた魅力十分。秋が深まり紅葉の中を行く姿、雪に輝く北アルプスに見守られ…新たな活躍にますます期待しよう。

この顔ですよ カッコイイ
ダブルデッカーエキスプレス!! 伝統の、栄光のフォルム

鏡に映った姿は
折り返し『うなづき10号』として電鉄富山に戻るダブルデッカーエキスプレス

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宇奈月温泉ではトロッコに乗る時間こそあいにく取れなかったが、温泉街を散策するのもまた楽しいというもの。晩夏から初秋の装いを見せる街の表情をいくつか拾ってみよう。

温泉の噴水 涼しげな花 キバナコスモス
駅前には源泉が噴水となっている 秋の草花が涼しげに キバナコスモスも風に揺れて

黒部川と切っても切れないのは水力発電による電源開発の歴史。その時代時代の人間の叡智を結集して、険しい地形に取り組んだ苦労が判ろうというもの。しかもその規模は想像よりもはるかに大きい。黒部川電気記念館は今もそれを伝えている。中には宇奈月温泉から終点の欅平までの前方風景を短いながらダイジェストにまとめたものを、トロッコを模した席で楽しむ事が出来て、なかなか楽しい。

地鉄宇奈月温泉駅 ジェフリーがいる
山小屋ふうの富山地鉄宇奈月温泉駅 記念館と工事用電気機関車「ジェフリー」

記念館の前に展示されているのは、現在のトロッコの建設工事に使われた小さな電気機関車。鉱山用のものでジェフリーと呼ばれている。同型のものは草軽電鉄でも使われ、映画「カルメン故郷に帰る」にも登場したのはよく知られている。

黒部峡谷鉄道は個人客・団体客で賑わっていた。駅前では団体さんの記念撮影が入れ替わり行われている。待ちうけるバスもズラリと並んでいた。また黒部峡谷鉄道は関西電力の工事列車も頻繁に運転されていて、ちょうど珍しいディーゼル機関車の牽く短い列車が山を降りてきた。電化されていない黒薙線からやってきたのだろうか。ちなみに黒薙線ではバッテリー電気機関車も使われているようだ。駅に停まっている貨車たちはナローゲージとあって、とってもカワイイ。

工事用のトロッコ列車
ディーゼル機関車の牽く工事列車

黒部川水系で一番新しいダムは宇奈月ダム。宇奈月温泉からそう遠くない場所にあり、トロッコ電車こと黒部峡谷鉄道の線路は付け替えを余儀なくされている。トロッコは発車後すぐに黒部川を跨いでいるが、以前使われていた線路跡は現在遊歩道になっていて、橋もそのまま「山彦橋」を名乗り、今は歩いて渡る事が出来る。ちょうど欅平へ行く列車が線路のある「新山彦橋」を渡っていった。

新山彦橋を行く バッテリー機関車
新山彦橋を渡るトロッコ電車 こちらはバッテリー電気機関車

橋を渡るとその先はトンネルとなっている。モルタルを吹き付けられているが素掘りのため岩がゴツゴツとしている。しかしこの遊歩道、どうやら猿が多く出没するらしく、その置き土産らしきものがあちこちに…。そのニオイにはちょっと閉口した(笑)。うっかりすると踏んでしまいそう。早々に戻るコトにする。

かつてのトンネル 列車が来た
トンネルは素掘り 欅平から戻って来た列車

駅前でちょっとオシャレなカフェを発見。しかもそこには足湯があって、歩き疲れたのもあって一休みと決定。なんとそのお店のアイスは沖縄のブルーシールアイス!!(嬉)。大好きなマンゴタンゴやバナナスザンナもあるっ!!足湯に浸かってブルーシール…ああ、なんていい気分。極楽極楽。

足湯だよ
足湯を楽しんで…

もう一つ、駅前で見つけた面白いものが団体客の記念撮影で使うひな壇。一番上にはトロッコ電車の模型があって、それがまた見事に精緻なもの。実物といっても全く判らない位良く出来ていたのに驚き。

実物みたい
トロッコ電車…の模型!!

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帰りは普通電車。休日ダイヤならもと西武レッドアロー「アルプスエキスプレス」の16010系を使用する『うなづき12号』を堪能出来るところだが、平日ダイヤだと午後の特急はダブルデッカーエキスプレスの『うなづき10号』でおしまい。駅で待っていたのは通称「かぼちゃ色」の14760系だった。

電車はゆっくりと、丹念に全ての駅に停まりながら電鉄富山を目指す。途中の中滑川駅の手前、JR北陸本線との並行区間で金沢行き特急『北越6号』に追い抜かれた。今や数少ない485系、この日はR編成が充てられていた。もっとも新魚津で8分の接続で乗り換える事は出来たのだが…。

ダブルデッカーエキスプレス、アルプスエキスプレスと富山地鉄の意気込みは目を見張るものがある。それ以外にも富山はポートラムやセントラムといった路面電車や高岡の万葉線など、鉄道復権に向けた動きが活発だ。地方都市における新たな形を具現化しつつある。
また次の機会にも、富山でゆったりと電車の旅を楽しむとしよう。

また乗ろうよ
またダブルデッカーで旅したいな

取材日 2013年9月11日 
カメラ  Nikon D7000
Nikon D3100
OLIMPUS XZ-1
レンズ   TOKINA AT-X124 PRO DXU 
TAMRON SP90mm F/2.8 Di MACRO
TAMRON 18-270mm F/3.5-6.3 DiUVC PZD
i.ZUIKO DIGITAL 6-24mm F1.8-2.5