チラシ裏文章(チラシ画像は[追悼・犬飼久美子]にあります)
 [石井秀人作品集]
 寡作ながらきわめて良質な映像を生み出す作家、石井秀人の3本の作品です。
 世界を拓いてゆく〈まなざし〉の力、光へと向かい、それを捉える触覚的感覚。ともに日本酒にたとえるなら「馥郁たる香りを宿し、しかも奥行きのあるまろやかさと鮮烈な切れ味をあわせもった手造り山廃純米吟醸酒」といったところでしょうか。

山崎コメント
 vol 3 は「石井秀人作品集」。
 PFF85入選の『家、回帰』が有名な石井秀人だが、ワタシは『風わたり』に最大級に入れ込んでいる。寡作な作家でここで上映された3作品と、この年につくられた『小さな舟』を含めて全部で5作しかない。内容的には祖母、旅で出会った人々、さまざまなかたちの光など、個人映画の王道をゆく石井秀人映画だが、光をとらえる感覚、撮影対象へと正面から向き合う視線、ぎりぎりまで絞りこまれてリフレインする言葉など、他のだらしない個人映画からはるかに飛び抜けている。
「以北より」 石井秀人 1985 8mm 45分
 アイデンティティーもの。部屋の中で裸の石井が、カメラに向かってじりじりと寄ってくるところや、雪の原野でやはり裸で立つ石井の姿が強烈に印象に残る。が、それよりも上映中、映写機の傍らにいる石井がダラダラと脂汗を流し続けていたのがワタシにとってはより強烈だった。
「光の神話」 石井秀人 1986 8mm 25分
 かなり老齢の祖母。いつも家の畳の上で横になってまどろんでいる。何を夢見ているのだろう。彼女が外へ出るシーンがある。広い草原に歩み出す老婆。もう夕方近くなのだろうか、太陽は斜めにあたりを照らしている。奇跡的なまでに美しいシーンだ。
「風わたり」 石井秀人 1991 8mm 30分
 東北地方を列車で旅している作者。窓の外は重たそうな雪に覆われている。車内で出会った人々にカメラを向ける。視線と視線が交差し、微妙にずれる。無音だ。彼岸の世界のようにも感じてしまう。こわい。こわいけれど暖かい。暖かい何かがここにじわじわとにじみ出している。たかがスクリーンに映し出された映像のくせに、得体の知れないエネルギーを孕んでいる。そして開かれる。愛も祈りも叫びも哄笑も超えた地平がここから開く。傑作。