著作権・傾向と対策
三木淑生
世の中のあらゆるものには誰かの権利がある。これが悲しいかな現実である。 本稿は映像作家が関わり合いになりやすい著作権という権利についてのレクチャーである。
作品の中で他人の作品を引用したり、BGMとして使いたい場面に遭遇することは多い。そうした時、
1・なるべく権利をクリアしようとする。
2・黙って使う。
の2つの道が考えられる。メジャーなコンペでは、申込みの時点で著作権をクリアすることが求められることが多い。何もいわないイメージフォーラムフェスティヴァルはあくまで例外である。
音楽著作権をクリアする
音楽については、日本ではJASRAC(日本音楽著作権協会)が、少なくとも国内の曲については一元的な管理団体として機能している。逆にいうのならば、インディーズの曲を使うのでない限り、そしてビデオパッケージを大量に作るのでない限り、多少のお金さえ支払えば著作権をクリアできる。JASRACは主要都市に支部があり、郵送や銀行振込でも著作権の処理ができる。筆者はJASRACを利用して正道を踏んで著作権処理をすることを薦める。
JASRACというのは、新聞で読む限りは「摘発・告訴」と警察まがいの恐い団体だというイメージを持たれがちだが、実際には「著作権を利用してもらい、正当な対価を徴収する」ことを目的に設立されている。だから、JASRACが管理する限り、理由も示さず「利用を許可しない」ということはない。利用料金も比較的低廉である。
標準的な例を示そう。自主制作実験映像のBGMに4分間弱の曲を利用した場合である。
まず、「録音利用」という使用カテゴリーがある。これはメディアに録音した場合に徴収される利用料である。これは上映する/しないにはまったく無関係である。基本使用料+複製使用料として1分当たり(800円+500円)がかかる。 複製使用料は複製の制作数が50個以下ならば、同一料金である。だから後でコピーしたりしても、この50個以下ならば特に申請も必要がないわけだ。ということで、4分×(800+500)円=5200円となる。これならば、実験系作家としても十分に支払える額である。通常コンペで「応募前に著作権をクリア
して下さい」と言われるのはこれのことである。
さらに、「上映使用料」というカテゴリーが別にあり、上映会ごとに徴収される。これは会場のキャパと料金によって使用料が異なる(これは使用時間は無関係)。会場キャパ500人未満、料金1000円で計算すれば、基本料金が1600円になる。ところが備考があり、この料金は劇映画の場合であって、「文化映画」のジャンルに入るのならば、その3/10にまけてくれる。実験映画は「文化映画」にうまく入ってくれるので、1600円×3/10=480円になるわけだ。作品内容を審査するわけではないので、少々の劇部分があるくらいなら、「実験映画だ!」と強弁しよう。
JASRACは料金体系について、ホームページ(http://www.jasrac.or.jp)でも公表している。参照されたい。
しかし、今まで書いてきたことは、「音楽著作権」(作詞・作曲者の権利)を管轄するものにすぎない。既存のCDから録音する場合は「著作隣接権」(レコードに記録された演奏の権利)という別な権利がレコード会社とミュージシャンにある。昔は自主制作にはレコード会社は冷たくて、まず著作隣接権は許可が降りないのが普通だったが、今ではどうやら割と許可が下りやすいようである。これはレコード会社に直接交渉する。その時に聞かれることは、「どういう作品・コンテクスト・発表形態で使われるのか」といったことである。Eメール・FAXでの申請も可。料金は会社や状況によるが、禁止的に高額ではない。私が申請したビクターでは 5000円で許可された。これは実質的に「上映使用料」と同じく上映会ごとに徴収されるのが普通である。
この著作隣接権を回避しようとするなら、
1・友達とバンドを組んで演奏する
2・デスクトップ・ミュージック(打ち込み)でやる
3・アカペラで歌う
なんてことも可能だ。ちなみに著作権が切れているクラシック音楽などは、譜面を買って勝手に打ち込んで構わない。フリーのMIDI打ち込みクラシックのダウンロードページだってある。まともな音楽知識のある人が打ち込んでいるので、物によってはクオリティも高い。
しかし、落とし穴がある。JASRACで管理している外国曲もあるが注意が必要だ。
1・そもそもJASRACでは管理していない作品もある(国内曲でも)。
2・JASRACで管理はしていても、利用料金がJASRACの標準価格ではなく、 権利者の「指し値」(指定金額)になるものがある。
3・著作権は50年で切れるのが常識だが、10年延長されている(戦時加算)ものがある。作曲者の国籍ではなく、権利を譲渡された会社の国籍に依存するので、一概に言えない。ホントに著作権が切れているかどうかは、没後60年以内は事前に確認が必要である。
黙って使う
著作権をクリアしたくてもできない場合を考えよう。
1・JASRACが管理していない場合。他人の映像はこれに当たる。権利者以外 には日本国内では取り締まる団体がない、ということになる。ただし、小説(原作として使う場合)、既成のシナリオについては別個管理団体がある。
2・TV放送については、まず放送局の使用許可は下りない。
3・既成の劇映画をビデオから引用する場合。これも普通は許可は下りない。ゴダール「映画史」は相当時間をかけて、全部許可をとったそうだが.....
4・CMの利用については筆者は経験がある。これは「完全なかたちで引用す る限り許可が下りる場合がある」とのこと。
5・キャラクター商品は、写っているだけでも厳格言えば問題がある。山崎幹 夫氏の「虚港」はディズニー・キャラクターが話の軸にあるので、ディズ ニー社の著作権をクリアする必要があるが、ディズニー社はこういう利用を認めたケースはまったくない。
黙って使うとどうなるか、ということを示す。
1・使用差止請求(作品の差押え)
2・損害みなし請求(利益の額を損害を受けた額と算定する)
3・刑事罰(3年以下の懲役又は300万円以下の罰金)
しかし、著作権管理団体は非常に小人数で管理業務を行っている。だから、営業的に著作権を侵害している業界(無許可カラオケ、海賊版制作業者)に対する取締りはキビシイものがあるが、自主制作などにはまったく手が回らない。日本の判例では「懲罰的損害賠償」が認められたことはないから、最悪でもJASRACに正規に申請した程度の損害賠償程度であると考えていいだろう。こんなのは裁判にするだけ馬鹿馬鹿しいので、取締まるだけの余裕も気力もないグレーゾーンにあると考えられる。しかし、「営業」ではなくても、映像作家の制作・発表活動は、著作権侵害の違法性をなくす「私的利用」であるとはまったく認めらない。たとえ料金ではなく「カンパ」制にしても言い訳は通らないだろう。
それでは他人の著作物は完全に使えないか、というと実は「そうでもない」というのが実際である。さすがに音楽著作権ではJASRACに申請する/黙って使う の2つに1つだが、その他の映像などに関する著作権では、「引用」という伝家の宝刀がないわけでもない。「引用」はそれが「公正な慣行に合致し」、「正当な範囲内で」行われることが条件になる。ただし、引用部分が明白に自分の作品と区分され、出所を明示し、著作者の人格権に配慮したかたちでなくてはならない、というのが通説である。
その他、これはマズイ!
著作権に関連して、ホントはまずいことをいくつか指摘しておこう。
1・本人にちゃんと作品に使う許可を得ていない人の映像。これは日記映画な どでありがちである。芸能人などは肖像権が商売に絡んでいるので、街角で芸能人を見かけても勝手に撮影しないように。
2・前で述べたが、キャラクター商品。これは管理がキビシイ。自主制作でも会社によっては訴訟する。
3・小説・詩の朗読、絵画・ポスターなどが背景に写っているだけでも、当然マズイ場合がある。
4・いわゆる「4秒ルール」はアメリカのラップ業界の紳士協定に過ぎない。日本ではまったく通用しない。
最後に
「マズイ」「キビシイ」が多い文章になってしまったが、現代美術でのいわゆる「シミュレーショニズム」(森村泰昌とかね)の場合は著作権を侵害しまくった作品も数多い。としてみれば、最後は平凡ながら「気合」なのかもしれない。作品としてどうしても引用したいのならば、「そうでなくてはならない」ことを作品自体で示すことが、一番重要なことでないかと思う。そういったことが引用の「公正な慣行」を作り上げていくことなのであるし、それなくして日本の作品に大きく欠けている「批評的な作品」が登場することさえ、ほとんど不可能なのだろうから。権利関係にビクビクしながら制作するよりも、「勇気を持って」引用することがホントは重要なのだろう、と作家的には筆者は思っている。
三木淑生
1962年生。1980年代から制作を開始。何が因果か会社員時代に法律の勉強をさせられる。行政書士資格アリ。現在大学非常勤講師として、シミュレーショニズムやフリーソフトの著作権問題なども講義する。神戸在住。作品「Media Dysphoria」シリーズ(1992-1995)では「引用」を大きなテーマとして制作。現在TV番組を撮影したものを自家現像する作品を制作している。