ESSAYBOX 05
8ミリフィルムの膜面には美しい光の庭がある
宮田靖子
今日もごはんを作っている。今日も茶碗を洗っている。たくさんの“いってらっしゃい”とたくさんの“お帰りなさ〜い”。窓の外のいつもの景色、今日一日のこの季節の光線が東から西へと移ってゆく。一本の木になった気分で定点観測。洗濯物から立ち上る蒸気、この光はどこから射し込んでくるのだろう、流しのステンレスに零れた水滴、青い光の粒がぷるぷる震えている。ブンブン回りながらフリッカー映写している換気扇、ガラスに映った私の顔、窓の外の風景とオーバーラップしている。不意に口をついて出てくる浅川マキの「裏窓」“・・・3年前はまぁ〜だ若かった・・・”。ハイ!3分間フィルム一本できあがり!!のはずだったのに、いざカメラを据えファインダーを覗いてみると様々な難儀が。距離が足りない光量が足りない構図が今いち決まらない。現像が上がってくると更に困難が。思惑とお気に入りとこだわりがつながらない、色気と誘惑で構成が今いちまとまらない。製作ノートを開くと書き散らかしたコンテ、意味が分からない。そして、となりのページにはパーソナルフォーカスの進行日程表が・・・・。
某月某日、自作は一気に仕上げる→某月某日、締め切り→チラシを作る→某日、印刷入れ→の間にプログラム決定→情宣しながらプログラム原稿作成→某月某日、印刷入れ→の間にフィルムをつなぐ→前日試写→某月某日、本番。これは、極スムーズに進んだ理想的な場合。現実には順序は入り乱れ全体的に後押しでどれもこれもトホホの同時進行状態。終いには、頭髪逆立ちもうはげそう→自販機の前でカップ酒をクーッと一気飲みしたい→様々な映写トラブルが夢の中に現れる→悪いクスリでも注射したい→自分の罠にはまった気分→我が身を叱咤激励→色んな人の様々な助力を得て何とか本番。ところが本番、最後のフィルムがリールに巻き取られると→何とも言えぬ清々しさと昂揚感→ありきたりだけどやっぱり8ミリっていいなぁ→8ミリの女神さまに感謝→パァーッと打ち上げ、という次第。これが1978年から不定期ながら20回近く続いてきたパーソナルフォーカスの原動力なのかな。無審査・自由参加なので当然、面白いものもあれば退屈極まりないものもある。しかしそれぞれの3分間の中に、8ミリフィルムのもつ美点が鮮やかにあるいはしみじみと表れている。作り始めたばかりの人の、8ミリフィルムというメディアとの距離を探っているような感じ、長年撮り続けている人の、その人らしさと意外な一面。誰のものでもない<わたくし>のイマジネーション、夢想と叙情がカメラのレンズを通してフィルムに印されている。そしてその光は、映写機のレンズから、観る<わたくし>のイマジネーション、夢想と叙情に記される。誰のものでもないものが、誰のものでもあり得る。”もっともパーソナルなものがもっとも普遍的である”というジョナス・メカスの発言に全く賛成。おまけに、その時代が求めかつ放つ全体的なムードもうっすらと嗅ぎとることができる。そして何よりこの企画に対する出品者のひかえめなる共感。中年主婦とは思えない友人知人を得ることになった。これは生涯の宝、間違いない。
8ミリの伝道者としての立場からすれば、こんなに面白いことがやれるのに何故8ミリフィルムを瀕死の状態に追い立てるのだろう、役に立たないというだけで。私自身“延命行為”と言い続けた時期もあったけれどあれから10余年、その間に作られた珠玉の作品は数多あるし、その間に作り始めた人も多勢いる。ひとつのメディアが絶滅するということがどれ程犯罪的行為に等しいか。ひとり憤る。しかしながらかだからこそか、今だに”なぜ8ミリなのですか?”とおそらく無垢な質問を、散々うんざりする程受ける。
8ミリの愛好者としての立場からすれば“そこにあるから”としか未だ答えることができない。一体全体、詩人やアーティストたちは“なぜ小説ではなく詩なのですか?”“なぜ太鼓でなくチェロなのですか?”などと不毛で陳腐な質問をされ続けるのだろうか。絵筆を握った、と同じように私は8ミリカメラを持った。そして止める理由もないままに撮り続けている。慣れ親しんできたはずなのに、今もシャッターを押すときはドキドキする。無言のカメラに“いきますばい”と声をかける。私(私と指先)と撮されるもの(被写体と光と空気)と8ミリ(カメラとフィルム)の即興演奏。1コマずつ置いてゆく光や流れるような光が、フィルムの膜面に、カメラの網膜に印されてゆく。指先の震えも、呼吸の乱れも、微細な心の動きも、リアルに印されてゆく。私はいつも初心者のままだ。そしてワクワクしながらラッシュフィルムを観る。思惑とお気に入りとこだわりがごちゃまぜ状態のままに、美しい光の粒子が膜面上に踊っている。腕組みし、反省と後悔先に立たずと戒めながら、フィルムを切り、貼り、つないでゆく。<わたくし>のイマジネーション、夢想と叙情が形になってゆくプロセスを、手の作業を用意しておいてくれる。よきかな、この配慮。夢想や思索の道具でありながらオモチャのようでもあり、責め苦の時もあれば作業療法でもあり、元気の素だったり救われたり、独り遊びのようでありかつ世界への触手でもあったり、と私と8ミリの関係はまだまだ続くよどこまでも。これからも益々欲深に志高く、毎回少しの冒険を試み、その都度新しい発見に出会い、叙情に流されず、さりとて原理追求に走りすぎず、願わくば爽やかで可笑しみのあるフィルム、そういうフィルムを私は作りたい。まずは、
日々是妄想。
宮田靖子(みやたやすこ)
1956年、熊本市生まれ。1976年、初めての8ミリ作品「瀬田からの便り」を作る。1977年、学業はおろそかに福岡市の映像作家集団<フィルム・メーカーズ・フィールド>の活動に参画.。1983年、FMFの同志福間良夫と結婚、長男・映郎(あきお)誕生。1989年、長女・ののこ誕生。1998年,2児の乳母を務めた愛猫ジョリ19歳にて死去。今やFMFの守護神となる。現在まで、主婦/FMFシネマテークディレクター/8ミリフィルムメーカーを際どく続けている。主な作品は3分間猫映画、3分間ホームムービー、Filmy Filmシリーズ等々。