タイガーマスク (2001,8,29)
新宿に「タイガーマスク」が現れるというのは、けっこう有名な話だ。
ご存じない方のために簡単に説明すると、その男はあのタイガーマスクのマスクを顔にすっぽりとかぶり、マントをなびかせ、ラジカセを肩にかついで新宿の街を走り抜ける。もちろんラジカセからは、最大ボリュームで音楽が流れる。音楽はたしか演歌だったような気がするが、そのへんは今となっては定かではない。
何のためにそんなことをするのか、それはタイガーマスク本人しか知る由もないが、新宿をよく利用する人ならば、彼の姿を一度は目にしているはずである。

わたしは4年位前まで、新宿のカフェでバイトをしていた。朝7時半から夜11時まで営業していたそのカフェで、わたしは早番も遅番もこなした。要するにフリーター状態のわたしは、重宝されていたのだ。その早番の出勤途中の朝7時ごろ、住友銀行の地下道で毎回会う新聞配達のおっちゃんがいた。頭はパンチパーマとアフロヘアの中間のような爆発ヘア、首にスカーフをなびかせ、ピンクを貴重としたコーディネイト。彼は自転車にも乗らず、新聞の束が入った鞄をたすきがけにして、必ず走っていた。見た目、怪しい人だったので話し掛けるようなことはなかったが、常々気にはなっていた。そして、出勤途中に彼に会うたびに、「ああ、今日もいるな」と、ただなんとなく確認するような、そんな気持ちでいた。
やがてわたしは、彼がタイガーマスクであることに気が付く。まあ、あのいでたちでは、気が付いたというよりは、一目瞭然と言ったほうがいいのかもしれない。気が付いてはみたが、相変わらず話しかけることも、いや、目を合わすことすらなく、そのまま1年半が経った。

1年半後、わたしはそのバイトをやめることになった。新宿ではちょっとしか働いていなかったが、同じ系列の店では4年ほど働いていたので、その朝は柄にもなくセンチな気分になってた。すっかり見慣れた、まだ人がまばらな新宿の街並みや、ごみ袋を漁るカラスたち。これから、こんな早い時間に新宿をうろつくことなんて、そうそうありはしない。そんなことを考えながら歩いていると、いつもの地下道をいつものように走って来る、「実はタイガーマスクのおっちゃん」が見えた。相変わらず新聞が入った鞄をたすきがけにして駆けて来る。そんな彼にも、もうきっと会うことはない。ペースを乱すことなく走る彼の姿が、徐々に大きくなり、すれ違おうとしたその時、彼は突然わたしの前で立ち止まった。そして新聞を一部差し出し、「あげるよ」と私の手に握らせた。
わたしは、再び走り出した彼の背中を呆然と、馬鹿みたいに見送った。そして、なんだかえらく感動していた。

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