『アトムは僕が殺しました 手塚治虫のこころ』(田中弥千雄)一節より
「 アトムは、事故で急死した天馬博士の息子の身代わりとしてつくられたロボットである。目に入れても痛くないほどかわいがっていた息子を交通事故で亡くした天馬博士は、ロボット科学の粋を集めて息子を復元しようと試み、いわば科学の芸術品としてアトムを生み出した。だが、アトムをつくったことによって天馬博士の心は一時的に慰められるが、やがて恐ろしい欠点に気づいていく。それは、ロボットの息子が成長しなかったことだ。博士はその事実を憎み、アトムをサーカスに売り飛ばしてしまうのである。
親にうとまれ、サーカスに身売りされたロボット少年という悲しみを、しょっぱなからアトムは背負わせれている。その後、お茶の水博士に引き取られて小学校に通うようになり、両親のロボットをつくってもらうようになってからも、その悲しい影がアトムにつきまとう。ロボット法の規制によって、彼はいかなる差別や虐待に遭っても人間に反撃することができず、そればかりか、人間を守るためにはどんな危険もかえりみず戦わなければならない。アトムはときに背中で演技をするが、その背に悲しさがただよっているのは、その自己矛盾のせいだろう。…」