Vol.158   百鬼夜行・ウイズ・コロナ

 2年続けて自粛のゴールデンウイークとなってしまった。まさかコロナ禍がこんなに長引くとは思っていなかった。
 僕は美術大学生で、都内の郊外の実家に住んでいる。趣味は絵を描くこと。そして妖怪が大好きというマイナーでインナー向けの性格だから、それほど困ることはない。親元だから食うに困ることはないし、妖怪展といったものが開催されないのは残念だが、元々そんなにしょっちゅうあるわけでもなし、絵の道具代や妖怪の書籍、グッズを買うお金などたかが知れていて、たまに出来る時にアルバイトをすればいい。
 大学の授業もあったりなかったりの繰り返しだけど、家で妖怪の絵を描いていればいいのだ。今日も今日とて部屋で妖怪の絵を描いて時間を潰している。
「あれ」
 ペン立てに見覚えのない鉛筆が一本、紛れ込んでいた。手に取ってよく見たが、古びたごく普通の鉛筆で話あるが、やはり買った覚えはない。
「まあいいか」
 スケッチブックを開き、アマビエの絵を描いてみる。指にしっくりきて描いやすかった。
 アマビエは疫病退散の効力を持つとされる妖怪である。長い髪にクチバシがあり、体は魚の鱗で覆われ、鰭の付いた足が三本。江戸時代に肥後の国に、海に光る物が現れ、アマビエと名乗り、「諸国で豊作がつづく。しかし同時に疫病が流行するから、私の姿を描き写した絵を人々に見せよ」と言い残して海の中に帰ったという言い伝えがある。コロナ禍で俄に脚光を浴びた妖怪だ。
 もう何回か絵に描いているのでスラスラ描ける。SMSに載せたりもしてみたが、僕のSNSなんてそれほど多くの人が見てくれるわけでもないし、今のところ効果はないようだ。
 その日の夜、丁度十二時にふと窓の外を見ると、何やら物陰が、よく見るとアマビエだった。僕が描いた通りのアマビエが道端にひっそりと佇んでいた。スケッチブックを見るとアマビエが消えていた。
「なんだ?!」
 僕が描いたアマビエがスケッチブックを抜け出して現れたとしか思えない。何故そんなことになったか、あの鉛筆のせいだろう。ペン立てを調べると、あの鉛筆があった。やはり何処で手に入れたかはわからなかったが、不思議な力を持った鉛筆がどうかしてここにあるということだろう。
 再び窓の外を見ると、アマビエの姿は消えていた。そしてスケッチブックの中にアマビエの絵が戻っていた。
 もう寝てなんていられない。僕はあの鉛筆を手にスケッチブックを開いた。妖怪ヲタ発動である。こんな時に頭に浮かんだのは百鬼夜行だった。百匹の妖怪が夜な夜な練り歩くという怪談だ。僕はひたすら鉛筆を走らせた。
 徹夜して百匹の妖怪を描いたが、少しも眠くはなかった。夜の十二時になり、窓の外を見たが、アマビエも百鬼夜行も現れなかった。スケッチブックの絵もそのままだ。
「なんなんだ?」
 それから一週間ほどが過ぎた夜、あれから三日ほどは夜の十二時に外を気にしていたのだが、何も起こらないので気のせいだったと思うことにしていた。
「お兄ちゃん、見て!」
 妹が血相を変えて僕の部屋に飛び込んで来ると、窓の外を指さした。見るとアマビエを先頭に百鬼夜行が練り歩いていた。僕が描いた妖怪たちに間違いなかった。スケッチブックを見ると、描いた妖怪の絵が消えていた。
「おかしいなあ。写らない」
 妹が携帯で動画を撮ったようだが、妖怪の姿は写らないらしい。妖怪たちはぞろぞろと歩いて行き、やもの中に姿を消した。スケッチブックを見ると、妖怪たちの絵が戻って来ていた。
 夜、家の外が騒がしかった。外を見ると大勢の人集りができていた。コロナ禍で密状態だ。テレビカメラもある。警察も出動していた。僕は別の意味で怖くなった。
 12時になったが、百鬼夜行は現れなかった。スケッチブックの妖怪たちもそのままだった。景観に促されて人々が立ち去り、静かになったのは一時過ぎだった。
 次の日もテレビで騒動が取り上げられていたが、妖怪の姿が動画に写らないし、実際に現れなかったということで出演者たちも半信半疑の様子だった。
 そんな中登場したのは妖怪評論家なる人物だった。妖怪ヲタのマイナーさは充分に自覚しているが、こんな職業の人もいるのか。普段何をやっているのだろうか。
 それでも流石に評論家と言われるだけのことはあって、噂話から、アマビエと百鬼夜行をしっかりと読み取っていた。そして百鬼夜行は出現する日が決まっている。十二支の日付で今月は子の日、来月は牛の日とか決まっていて、一昨日に出現したとすれば、次は一週間後だということだった。
 そしてその一週間後、夜はまた大勢の人とテレビカメラがやって来た。十二時になったが、アマビエと百鬼夜行は現れなかった。ところがスケッチブックを見ると、妖怪たちの絵が消えていた。
 妖怪が現れないので人々はすごすごと帰っていった。だが、スケッチブックは白紙のままで、妖怪たちは戻ってこなかった。そしてあの鉛筆も消えていた。何処を探しても見つからなかった。
 次の日、テレビでは別の場所にアマビエと百鬼夜行が現れたと報じていた。やはり動画には写らなかったそうだ。
 その後も決まった日に妖怪たちが何処かに現れたと報道されていたが、動画に写らないので都市伝説と化していた。スケッチブックに妖怪たちが戻ることも、あの鉛筆が見つかることもなかった。
 百鬼夜行は言い伝え通りの日に現れるのだから、アマビエも言い伝え通りに疫病退散してくれても良さそうなものだったが、「私の姿を描き写した絵を人々に見せよ」ということなので姿が見られないのでは効果がないのだろう。コロナ禍は依然として収まる気配がなかった。

                       了


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