Vol.157   喪中

 僕の家は7人家族だった。おじいちゃんとおばあちゃん、お父さんにお母さん、お兄ちゃんとお姉ちゃん。東京では珍しく大家族だった。クラスでもおじいちゃん、おばあちゃんが一緒にいる家も、兄弟が3人いる家も少なかった。
 だったというのは、昨年お兄ちゃんが交通事故で亡くなってしまったから、今は6人家族なのだった。お父さんはひとりっ子なので、お正月に家に来る親戚はいない。喪中というそうで、あけましておめでとうと言ってはいけないし、年賀状も出さなかった。それでも元旦はいつもの通り、家族6人でお節料理を食べて過ごした。
 お母さんは5人の兄弟姉妹がいる。2日、3日は、お母さんの田舎に行くのが恒例だ。今年もそれは変わらない。
「いらしゃい。よく来たね」
 おばあちゃんが笑顔で迎えてくれる。お母さんのお母さんだ。おじいちゃんはいない。僕が生まれるずっと前に亡くなったそうで、会ったことがない。おじちゃんはお母さんのお兄さん、おばちゃん、従兄弟の誠くんがいる。
 おじさん、おばさんは、お母さんの兄弟姉妹の夫婦で8人もいる。従兄弟は10人。あっ。お兄ちゃんがいないから9人だ。お母さんは5人の兄弟姉妹のちょうど真ん中なので、年上の子もいれば年下の子もいる。男の子も女の子もいる。お盆と正月にはお母さんの田舎で皆集まるのだった。
「誠くんは来年、高校受験か」
「うちの子も今年、中学に入学だった」
 当たり前のように皆が集まっていたが、それもあと1、2年のことかもしれないと、おじさんたちが話している。子供が受験のときくらいから帰省もしなくなるものらしい、最も今年、うちのお兄ちゃんがいなくなってしまったから既に1人減ってしまったのだけれど、そのことは誰も触れないようにしているようだ。
 お兄ちゃんが交通事故に遭ったのは、去年の秋のことだった。だからこの前のお盆の時にはここに来ていたのだ。家にいる時もそうなのだけど、お兄ちゃんがいなくなって3カ月ほど経つが、何だか全く実感がなかった。
 大人たちは食卓でお酒を飲みながら話している。子供たちは広間に集まってゲームをしたりしている。半年振りにこうして従兄弟たちと会えるのは大きな楽しみだった。
「お雑煮を作ろうかね」
 おばさんがやって来た。おばさんの作るお雑煮は、家で食べるお雑煮とはちょっと違っている。
「何人かな・・・10人だね」
 おばさんが子供たちの人数を数えて出て行く。
「あれ」
 と僕は思う。従兄弟は10人だ。でも、お兄ちゃんがいないから9人ではないか。ところが数えてみると確かに10人いた。
「どうしたのよ」
 僕が戸惑っているとお姉ちゃんが話しかけてきた。
「従兄弟って10人だよね」
「そうよ」
「でも、お兄ちゃんがいないから9人だよね」
「そうよ」
「でも10人いる」
 お姉ちゃんも人数を数える。一緒にもう一度数え直してみる。やはり10人いた。
 誠くん、聡くん、みっちゃん・・・僕たち。確かに10人だ。知らない子が紛れ込んでいるなんてことはあり得ないが、知らない子は1人もいない。皆知っている従兄弟だった。
「変ね。まぁ気のせいでしょ」
 とお姉ちゃんは言ったが、気のせいなんてはずはない。従兄弟はお兄ちゃんを入れて10人だ。今、ここにいるのも10人だ。知らない子は1人もいなかった。不思議で仕方なかったが、どうしようもなかった。僕にできることは1つ。気にしないことだ。

「そんなことがあったんだ」
「そんなことあるわけないじゃない」
 お姉ちゃんはあの時と同じで素っ気なかった。
 あれから、高校受験を樹に、従兄弟が1人、2人とお母さんの田舎に来なくなり、僕もやはり受験の時に行かなくなった。10年振りくらいだろうか。田舎のおばあちゃんが亡くなって、お葬式に久しぶりに従兄弟たちが集まった。
 僕もお姉ちゃんも大人になっていた。従兄弟たちも皆、大人になっていた。新しく生まれた従兄弟はいなかったし、お兄ちゃん以外に欠けることもなかった。数を数えてみる。間違いなく9人だった。
 僕はすっかり忘れていたあの時のことを思い出して、お姉ちゃんに話してみたのだが、全く覚えていないようだった。確かにそんなことがあるわけはないのだが、子供の頃の不思議な思い出として取っておこうと思った。

                                         了


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