Vol.155   アイドルの憂鬱

 アイドル、英語のidolに由来し、日本語では「偶像」。尊敬される人や物、憧れの的と言った意味である。
 昭和の日本のアイドルはまさに「偶像」だった。テレビでしか見ることのできない雲の上の存在だった。一際強い光を放ち、常人とはまったく違う人だった。
 平成の時代になるとアイドルの存在が大きく変わった。今、会えるアイドル。とても身近な存在となった。小さな会場でのライブや握手会。実際に触れ合えて、言葉も交わせる。そんな存在になった。SNSというものが現れて、更にアイドルとファンがネットを通してでも触れ合える機会も増えた。アイドルは特別な存在ではなくなり、いわば成長する姿をファンと共有する存在となった。女の子たちは自分もあんな風になりたいと思うようになり、多くの若い女性がアイドルを目指した。誰でもネットで情報を発信することにより、アイドル活動ができた。
 令和の時代になり、世の中は更に変わる。思いもしなかった感染症の拡大により、気軽にアイドルに会いに行くことができなくなった。それでもアイドルもファンも減ることはなかった。強いられた自粛期間を動画配信、ネット通販などで何とか乗り切り、感染症拡大防止に注意を払い、活動を再開した。
 ともみはもう10 年以上アイドル活動を続けている。年齢は非公開ながら、三十路を超えている。どうしてもアイドルが辞められないのだ。ネット技術の進歩にはついて行くのがやっとだったが、何とかネット社会にも適応した。一方で美容技術の進歩には本当に助かっている。決して多くない収入の多くを化粧とプチ整形につぎ込んでいる。おかげで誰が見ても10 歳は若く見える。それでも若く新しいアイドルが続々と出て来る。本当の若さが放つ魅力にはどうしても敵わない。
「あー、あと10 歳若かったら」思わず嘆くともみだった。
 あいりは高校を卒業したばかりの19歳。高校時代からアイドル活動をしている。若くはつらつとした魅力に溢れ、ルックスにも恵まれている。しそれでもそんな子はいくらでもいる。小学生、中学生でもアイドルとしてデビューする時代だ。
 しかし、あいりにとって本当に脅威なのはその子たちではなかった。コンピューター技術の進歩がもたらし、感染症の影響により更に進歩したネット社会が生み出したバーチャルアイドルこそが、今や生身のアイドルの脅威となっていた。実物の人間以上に可愛く、しかも存在感を示せるバーチャルアイドルがアイドル界を席巻しようとしている。あいりたちにあがなう術はなかった。
「あー、あと10 早く生まれていたら」思わず嘆くあいりだった。

                                           了


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