Vol.154   火の国

 それは突然のことだった。赤ちゃんが火を吹いたというニュースが伝えられた。何かの例えではない。産声を上げる代わりに炎を吹いたのだ。すぐにネットで広まったが、信じる人は少なかった。
 次の日は動画付きでニュースが流れた。昨日の赤ちゃんとは別の赤ちゃんだという。動画はトリックで画なく、本当に火を吹いているように見えた。次の日もまた別の赤ちゃんが火を吹いたと伝えられた。一人ではなく。複数いた。日本だけでなく、世界中で起きているということだった。
 それから毎日、世界中の赤ちゃんが火を吹くようになった。それでも最初のうちは、生まれてくる赤ちゃんの中では1割程度のものだった。それが日が経つうちに、火を吹く赤ちゃんの割合が増えていき、1年経った頃には半分に達し、2年経ったら、ほぼ全員が火を吹いた。そうなってしまうと、火を吹かない赤ちゃんが異常ということになる。
 そしてまた変化が起こった。赤ちゃんは口から火を吹くとは限らず、手の平だったり、指先だったり、足だったり、お腹だったり、火を発生させる場所が多様化していった。
 20 年が経ち、火を発生させる人が成人となり、30年、40年と経って、働き盛りの人たちが皆、火を発生さえるとなると、社会も大きく変わった。
 火を発生させる、そして扱う能力が何よりも大事な力となった。発生させる火の強さにも個人差はあったが、ただ火力が強ければ良いというものではない。自分の意志でいかに火を操るかが大事なのだった。ただ火を出そうと思って出すだけの人は能力が低いとされた。思いのままに火をコントロールできる能力が必要とされた。
 発生させた火を使って、上手い具合に調理をする料理人が一流のシェフとされた。芸能、芸術の世界でも、いかに火を美しく扱うかが肝心だった。スポーツも火を使うようにルールが変わっていき、身体能力よりも火を発生し、コントロールする能力が必要になった。
 どの分野でもそうだった。私は火の制御力がズバ抜けて優れていると自他ともに認めている。私はこの能力の高さでトップに立つことを目指した。選んだ道は政治家だった。そして内閣総理大臣にまで登り詰めた。
「次の選挙の票読みはどうなっている?」
「我が火国党内での総理のお力は絶大です。ただ」
「水国党か」
「はい。実力は我が党と拮抗しています」
 火を吹く赤ん坊が生まれてから10 年後、またもある変化が起きていた。体から水を出す赤ん坊が生まれたのだ。その数はどんどん増えていき、2年後には、火の力を持つ人間と水の力を持つ人間が生まれる割合は丁度半分づつとなり、以降その比率は全く変わらなかった。別の変化も起きていなかった。
 火と同様に、水をコントロールする力に長けた者が台頭していった。それから50年が経ち、火と水の勢力は社会を二分していた。
 政治の世界でも同じことだった。火国党がずっと与党の座を守って来たが、水国党との二大政党時代となり、両党の力はまさに拮抗していた。ちょっとしたミスをすれば野党に転落も十分あり得る状況だった。
 まあ私は頂点を極めて、財も築き、60歳となり、もはや心残りはない。選挙に敗れれば、引退して、静かに余生を過ごそうと思っている。悠々自適だ。
 そして世の中では最近また大きな変化が起きていた。火と水の両方を出せる子供が生まれて来たのだ。火の人、水の人と3分の1づつになるのか。両方使える人が100パーセントになるのか。それは分からないが、いづれにしても私たちの世代は過去の人となる。時代は変わるのだ。

                                           了


BACK