Vol.152   鬼退治

「こちらはタイムパトロールだ。そのこ車、すぐに止まりなさい」
 21xx年、遂に時間移動が可能となった。その技術は極秘とされ、時間移動の実施は厳重な管理をされていた。時間移動によって歴史が変わってしまうことを避けるためだ。過去に行き、ほんの些細な史実を変更するだけで、未来が大きく変わってしまう。
 それでも情報が広まってしまうのを避けることはできなかった。管理の目をかい潜り、自分に都合のいいように未来を変えるため時間移動をする者がいた。重大な犯罪である。それを取り締まるタイムパトロールなるものも結成された。
「ちっ」
 止まれと言われて止まるわけがない。ここは時間と時間の間の異空間である。車というのは昔からの慣習でそう呼んでいるだけだ。止めるというのも正確には車を止めるという動作ではない。犯罪者は逃げるべく時間移動機を操作する。
「待て」
 もちろん待つはずがないことは分かっている。追いかける。この異空間でこうした動きをすることは危険なことも承知している。違法な時間移動を取り締まり未来を守るのがタイムパトロールの使命なのだ。
「あっ」
「うっ」
 タイムパトロールと犯罪者は異空間から弾き飛ばされた。

「鬼が出るんじゃ」
 村長が深刻な顔で言う。赤い体、7尺もあろうかという大男だということだ。7尺という表現に違和感を感じる。2メートル超ということか。頭の中で考える。
「お前さんが来たのと同じ頃じゃ」
 鬼が最初に目撃されたのは1カ月ほど前のことだそうだ。山の奥でのことだ。たまたま狩に行った村人が遭遇した。異形な見た目に驚きはしたが、特に襲われたりはしていない。以降も何度か目撃され、だんだんと山の奥から村の近くで目撃されるようにななり、村人の家から食糧が奪われたりするようになった。
 私がこの村に来たのも1カ月ほど前のことだった。何をしに来たのか、どうやって来たのか、まったく分からなかった。この村に来る前の記憶が一切ないのだ。
 道端で倒れているのを村人が見つけ、村長の所に運ばれた。気絶していただけで怪我はなかった。しばらくして気がついたが、完全に以前の記憶を失っていた。自分が誰なのか。何故ここにいるのかも分らなかった。以来、村長の所で世話になっている。体の方はまったく大丈夫だが、記憶は戻らなかった。
「被害が出るようになったので、村人が鬼退治に行ったのだが」
 2メートル超の大男である。がたいもいいらしい。何より鬼である。村人が敵う相手ではない。いとも簡単に返り討ちにされたそうだ。私は鬼なんてものが実在するとは思っていないが、村人たちは本物の鬼だと信じているようだ。この辺も違和感を覚える。
「どうだろう。お前さん、鬼退治をしてくれないか」
 なるほどそういうことか。私は村人に比べれば背も高く、体格もいい。そして何より彼らにとって私はどこの馬の骨とも分らない人間だ。私がどうなったところで彼らは何とも思わないだろう。私自身もこの場所にいることに違和感を感じていたし、自分自身が何者か分かっていないので、どうなってもいいという投げやりな気持ちもあった。
「分かりました」
 私は山奥に向かった。

 果たして鬼はいた。いやもちろん鬼にではない。赤い全身スーツを着た大男だった。彼と再開して私はすべてを思い出した。タイムパトーロールは犯罪者を取り締まるという職業だから、もともと身体能力が高い者がなる上に、日頃からよく鍛えている。そして赤いスーツが制服だ。
 私はこの時代のこの場所に来て歴史を変えるために時間移動を行なった犯罪者だ。そのためここに馴染む格好をしていた。時間と時間の間の異空間での捕物でここに放り出されてしまったのだ。正確には何年の何処かわからないが、たまたま目的地と大きなズレはなかったようだ。
 彼の表情からすると、彼もまた異空間から弾き飛ばされた影響で記憶を失い、私を見てすべてを思い出したようだった。
「時間移動法違反で逮捕する」
 鬼退治所の話しではない。私はいとも簡単にねじ伏せられてしまった。しかし、彼も困惑している。私の悪行は阻止されたが、彼も私もこれからどうすることのできないのだ。時間の間を永遠に漂うことになっていたかもしれない。それよりはこうして現実の世界に来られて良かったかもしれない。だが時間移動の機会がなくては元の世界に戻ることはできないのだ。
 タイムパトロールは歴史を守る役目を果たせたのか。私たちがこの世界に来たことで歴史が変わってしまったのか。はたまたこうなることは元々決まっていたことで歴史通りのことなのか。それは誰にも分らない。

                                            了


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