Vol.150   夢のあと

 ハッと目が覚めると、すべてが夢だった。なんてことがあったらいいなあと何度も思った。
 ハッと目が覚めると、自分は20歳の若者に戻っている。その後の20年の人生はすべてが夢で、もう一度20歳から人生をやり直すのだ。そんなことが起ったら、どんなに素晴らしいことだろうと思うのだ。
 大学を卒業してサラリーマンになり、何の変哲もない毎日の繰り返し、もうすぐ20年になる。40歳になった。特に不幸なわけではない。妻と娘が一人、中学生になった娘とはほとんど会話もない。妻への愛情も今はあるのかないのかよく分からない。幸せかと聞かれて、幸せだとは応えられない気がする。だからそんなことを考えてしまうのだ。
 何歳の時に戻りたいか。それもいろいろと考えた。そしてやはり20歳だろうと思った。大きな決断があったからだ。別の決断をして、別の人生を歩む。素敵なことに思えた。
 眠っているのか、いないのか。目が覚めているのか、いないのか。よく分からないまどろみの中、またそんなことを考えていた。
 そしてハッと目が覚めた。会社に行きたいわけではないのに、最近はちゃんと目が覚めるようになった。年を取るとそうなると聞いていた。自分もそんな年なのだろうか。
 ベットから出て、顔を洗う。鏡に写った顔を見て、違和感を覚える。そして気がついた。鏡に写っているのは20歳の自分だった。
 そう言えば、洗面台もいつもと違う。部屋の様子も違っている。そうだ。ここは20歳の時に住んでいたアパートだ。本当に20歳に戻ってしまったのだ。
 時計を見る。カレンダーを見る。携帯なんてものはまだない。どうやら大学へ行く日のようだ。身支度を整えて部屋を出た。
 20年振りだというのに不思議と大学への電車など覚えているものだ。懐かしく思いながらも戸惑うことなく到着した。
「よう」
 大学時代の友人と顔を合わせる。卒業後しばらくは会う機会もあったが、今ではまったく親交のなくなっている友たちだ。懐かしい。それでも自然に接することができた。
「後でちょっとゼミ室まで来てくれないか」
 教授に言われた。来た。一つ目の決断だ。そうなのだ。今日がまさに人生の分かれ道、決断の日だった。
 ゼミ室に行くとゼミの卒業生を紹介される。バイトで仕事を手伝うことになり、卒業後、そのままその会社に就職することになるのだった。平凡な人生のスタート地点だった。
 当時はそんなこととはつゆ知らず、とりあえず手頃なバイトが見つかって良かったという感じだったが、今度はすべてが分かっている。どうそうべきか、じっくり考えてみる。
「今日大丈夫だよな」
 ゼミ室から戻ると、友達に声をかけられた。結局、教授のもとに行き、卒業生の先輩に紹介してもらい、バイトをすることにした。いろいろと考えた結果だった。
「ああ、大丈夫だよ」
 2つ目の決断だ。この後、合コンに行き、ある女性と出会い、意気投合する。その女性と結婚するのだ。今では愛情も感じていない妻だ。
 合コンが終わり、部屋に帰って来た。妻とは意気投合して、電話番号も交換した。今度二人で会う約束をするべきか。将来を決める重要な決断だった。
 ベッドに入ったもののすぐに眠れるとは思えなかった。何とも重大な一日だった。妻とはデートの約束をした。考えに考えた末の決断だった。それでもいつの間にか眠りに落ちていた。
 ハッと目が覚めた。ベットから出て、顔を洗う。鏡に写った顔は、40歳の自分だった。
「えっ!?」
 20歳に戻ったのではなかったか。いや、そうだ。夢だったのだ。ハッと目が覚めると20歳に戻っていて、1日を過ごして、2つの決断をして、眠った。そこまでが夢だったのだ。
 夢の中で、よく考えた末に同じ決断をした。正しい決断をしていたのだ。
「おはよう」
 リビングに行き、妻に声をかける。実に晴れやかな気分だった。会社に行くのも嫌ではない。楽しみでさえある。なんだ。俺の人生、悪くないじゃないか。

                                            了


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