Vol.138   地震で・・・

 大きな地震だった。こんな揺れ、今まで体験したことがない。最近は館内放送で、緊急地震速報なんてものが流されるようになった。本当に揺れたり、揺らなかったりだ。この時も「緊急地震速報発令、震度1」なんて言っていたので、最初は「おっ、本当に来た」「1じゃねえなあ」なんて言っていたのだ。それが半端じゃない揺れになり、皆慌て出した。一旦、揺れが治まると、会社の外に避難した。外にいても分かるほど大きな揺れが続き、これはただ事じゃないと思った。
 小一時間も外にいただろうか。携帯のワンセグテレビを観ると、ここ東京はまだましな方で、震源地に近いところでは本当に大変なことになっているようだった。携帯で家に電話をしてみたが、まったく繋がらなかった。
 そうこうしているうちに、皆がぞろぞろと建物の中に戻って行ったので、俺も後に続いた。多少積んでいたものが崩れていたりしたが、大した被害はなかった。ビルの上の方の階では、ガラスが割れたりしたという話しの入ってきた。
 俺は身の回りを片付け、家に帰ることにした。家には可愛い妻と生まれたばかりの子供がいるのだ。仕事どころではない。早退を告げると、俺が口火となったようで、皆も続々と帰り支度を始めた。
 ところが電車が動いていない。タクシーも走っていない。やはり異常事態なのだ。幸い家まで何時間かかかるだろうが、歩いていけない距離でもなかった。
 皆考えることは同じようで、道はかなりの混雑だったが、特に危険なことはなく、家にたどり着いた。妻と子供は無事だった。家の中も大きな被害はなかった。これで一段落と思ったのだが・・・。
 その後の混乱は皆さんご存知の通りだ。余震が続き、子供が泣き出し、夜も満足に眠れない。津波の被害を受けた原子力発電所で放射能漏れの不安も続く。その影響で電力の供給不足で、電車がまともに動かない。無計画な計画停電が続く。物が不足する。
 そして奇妙な現象が起きた。妻の鼻がなくなったのだ。ある朝、起きたら、鼻がなかった。顔の真ん中が平になり、二つの穴だけが空いているという状態だった。妻はパニック状態になった。慌てて医者に行ったが、医者もただ驚くばかりでなす術もなかった。
 何とこの現象は妻だけのことではなかった。地震のあった地域で、鼻がなくなるという現象が起きているとテレビのニュースが伝えた。原因は不明だが、この地震が何らかの影響をもたらしているのではないかということだ。
 会社でも鼻のなくなった奴がいた。地震の影響と思われているので、誰も鼻のことには触れなかった。実際、鼻が無くても何の支障もなかった。
 子供の鼻もなくなった。会社の奴も半分以上が鼻がなくなっていた。街ですれ違う人も鼻のない人が日に日に増えて行った。
 暖かくなり、桜が咲き、ようやく落ち着きを取り戻してきた頃、ふと気がつくと、ほとんどの人の鼻がなくなっていた。なのに俺の鼻はまだある。こうなると鼻がある方がおかしいと思えてしまう。
 妻も同僚も鼻のことには触れなかった。俺もあえて話題にしない。テレビなどでも鼻のことはまったく話題にならなくなった。ごくたまに電車などで、鼻のある人を見かけることがある。向こうも俺に気付くが、お互い言葉を交わすことはない。俺の鼻もなくなって欲しいなと思う。

                                            了


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