Vol.136   不幸ポイント

 ビシャ!・・・僕は道の端っこを大人しく歩いていただけだ。夜から激しく降り続いた雨も、朝になり、会社に行く時間には止んでいた。傘をさしての通勤は面倒なものだ。珍しくラッキーと思っていたのだが・・・。
 走って来た車が水たまりの泥水を跳ね上げて、走り去って行った。見事に僕の全身をずぶ濡れにして。ボーナスで買ったばかりのスーツだった。やっぱり僕はついていないのだ。
 この格好では会社に行けない。今日は朝から会議があって、遅れれば、またあの上司にどやされるだろう。まったくついてない。
 思えば僕は生まれたときから、ついてないことの連続だった。もちろん赤ん坊の頃のことは覚えていないが、子供の頃、学生時代、会社に入っての十年間でも、とにかくついてないことの連続だった。
「災難でしたね」
 タオルを差し出しながら、一人の男が話しかけてきた。まったく見たこともない男だ。三十歳くらいだろうか。僕と同世代に思えた。スーツにネクタイ姿なのだが、何となくサラリーマンという感じはしなかった。
 僕はタオルを受け取り、顔と体を拭いた。何も考えずにそうしていた。
「ちょっとお話を聞かせてもらえませんか」
 僕は男に誘われるままに近くの喫茶店に入った。男は決して明るい感じではなく、むしろ暗い印象だった。ハキハキと話すわけでも、強引に何かを求めるわけでもない。
 それでも話しを聞くのがうまいというか、僕だって身も知らぬ人に自分のことをベラベラ喋る性格ではないのだが、そもそも何で会社に連絡もせずに、こんな男と話し込んでいるのか分からないのだが、僕は男に乞われるままに、自分が今までいかについてなかったかを延々と話していた。
「なるほどそうですか、かなりのポイントになりますね」
 男は僕の話しを熱心にメモしていたが、一通り反しが終わると、電卓を取り出し、さかんに指を動かして計算していた。
「65,862不幸ポイントです。貯め込んだもんですね」
 何でも僕のつきのなさでこれまでに貯った不幸ポイントは大変な数字になるとのことだった。
「どうされますか?ポイントを使われますか?」
 貯めた不幸ポイントを使えば、幸運なことが山ほど起きるということだった。何だか信じられない話しだったが、僕はただ頷くしかなかった。
 男と別れて考え直してみても、今あったことが事実とは思えなかった。まるで夢を見ていたようだ。新手のキャッチ商法かとも思ったが、別にお金を要求されたわけではない。何か書類を書かされたわけでもないし、僕の名前すら教えていない。何の被害もないわけだ。むしろ自分のつきのなさを話せたことで、すっきりとした気分だった。
 しかし、腕時計を見ると、時刻はもう11時近かった。大遅刻である。僕は現実に引き戻され、ちょっと憂鬱な気分になった。
 電車はガラガラだった。ラッシュの時間を過ぎているから当然か。それでも車内放送で、列車事故があったことが分かった。つい先程まで電車は止まっていた。いつもなら僕が乗っている電車がまさに事故を起こしていたかもしれない。
 会社に着くと、事故によるダイヤの乱れで、まだ出社していない人もいた。僕の大遅刻もまったく問題にならなかった。
 朝の会議は午後からに変更になり、そこで何気なく言った僕の一言が部長の興味を引いた。そんなことは今までにはなかったことだ。
 その日はとにかくついていた。自販機でコーヒーを買えば、当たりが出て、抱えていた仕事の問題がすべて解決された。帰りには試しにパチンコをやってみたら、大当たりだった。
 その日を境に、僕はつきまくった。仕事では、会議での発言からプロジェクトリーダーに抜擢され、順調そのものだった。パチンコでも、競馬でも、賭け事には連戦連勝。懸賞に応募すれば当たり、宝くじにも当った。
 そしてひょんなことから会社のアイドル受付嬢と付き合うことになった。まさにこれまでの不幸を清算して、幸運なことの連続だった。
 しかし、幸運は長くは続かなかった。プロジェクトで取り返しのつかないトラブルが起きた。彼女とは別れることになった。そして、あの男が現れた。
「いかがでしたか。幸運を充分満喫していただけましたか。不幸ポイントはゼロになりましたので、またこれから貯めていただくことになります」

                                            了


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