Vol.132   家族

「今度ぉ隣に越して来たった者です。どうぞ、よろしくお願いしまーす!これはつまらないモンですが」
「そ、それはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします」
 今時、都内のマンションでは隣に誰が住んでいるかさえ知らないのも当たり前の時代だ。いちいち引っ越しの挨拶に来るというのは珍しい。
 しかし、引っ越しそばなら話しは分かるが、差し出されたのはうどんだったから、貰った方も戸惑ったことだろう。
 そればかりではない。男は妙に大きな声で、イントネーションもおかしかった。服装も何となく奇妙だった。もしかして外国人かと思わせる風貌だったが、日本人のようにも見える。
 そして一緒に奥さんらしい女性と男の子がいた。こちらの方もかなり変わった雰囲気を漂わせていたのだが。
 ここはワンルームマンションで、一人暮らしが多い。家族で住むというのはこれまた珍しいことだった。
「あーた。今の挨拶はちょっとおかしかったんではないではありませんか?」
 そう言う奥さんの言葉使いも充分におかしい。部屋に戻って、お茶を飲みながら落ち着いているところだった。コーヒーカップにお茶を入れた奥さんの行動もおかしいのだが。
「あっ。引っ越しのときはうどんじゃなくて、そばだよ」
「何、うどんとそばは何が違うんだ?」
「ちょっと、しつかりしてちょーだいませよ。あーたは我が家の代表なんですから」
「お母さんのその言葉使いも変だよ」
「ありゃ、まあ」
「あーあ。僕はここでは君たちの子供という立場で、一人前ではないんだ。気味たちがしっかりしてくれないと困るぞよ」
 彼らは本当の家族ではない。実は地球の調査にやって来た宇宙人なのだ。生まれた星が違う。地球人に近い風貌の人が選ばれたのだ。
 父親は別に父親ではなく、むしろ地球の概念で言えばまだ子供なのだ。彼らの中では一番の下っ端である。母親も母親ではなく、女性でもない。日本の女性に近い風貌をしているというだけだ。
 皮肉なことに子供が一番知性が高い星の生物なのである。彼は立派な大人であり、彼らの星の大人は皆がこんな風貌なのである。
「ワン、ワン、ワン」
 ペットの犬が吠えた。妙な家族はしゅんとなって、犬の話しーーー吠え声を聞いている。
「お前のその格好だって充分に変だぞ。しっかり勉強し直してくれ。このままではこの星で暮らしてはいけない」ーーー通訳するとそう言っている。
 犬がーーー犬の風貌をした宇宙人が彼らのリーダーだった。知性も一番高い。
「まったく、この星は狂っている。何故、我々のような風貌をした生物が下等動物なのだ」

                                            了


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