Vol.131   虫

「どうだデカいだろ」。
「おーすげーカブトムシ、でも僕のクワガタも凄いだろ」
 夏休みが終わり、僕はお母さんの田舎で取ったカブトムシを持って学校に来た。田舎ではカブトムシが取り放題で、その中でも一番大きいのを選んでいた。仲良しのケンジを驚かせてやろうと思っていたのだが、ケンジの持って来たクワガタも大したものだった。
 男子は誰もがカブトムシかクワガタを持って来ていて、どれもなかなか立派だ。今、学校では昆虫の飼育が流行っていて、やはり昆虫といえば、カブトムシかクワガタに決まっている。
「おい、お前の持ってるのは何だ?」
 ケンジがシンゴに訪ねる。シンゴは一学期の途中に転校して来た。僕らの近くの席に座っているのだが、口数が少なく、痩せていて、青白い顔をした陰気な奴だ。あまり親しく話したことはなかった。シンジも土の入った透明のケースを持っていた。
「うわ、何だこれ」
 ケンジが大騒ぎしているので、僕もシンゴの飼育ケースを覗き込んだ。
「げっ」
 何とも気味が悪い虫が蠢いていた。白くて、細長くて、何本もの細かい足が付いている。見たこともない虫だった。
「虫が好かないかい?」
 シンゴが小さな声で囁く。
「でも、こいつはいろんなことを教えてくれるんだよ。虫の知らせってやつさ」
「何言ってんだ。気持ち悪いやつだな」
 ケンジの意見に僕も同感だった。
 白い虫が丸まった。グニョグニョとした動きで、虫酸が走るほど気持ち悪かった。
「雨が振るよ」
「そんな馬鹿な」
「何言ってんだよ」
 僕らは同時に突っ込んでいた。
 朝は雲一つない天気だった。今だって窓からは強い日差しが差し込んでいる。
 ところが、急に空が暗くなり、やがて雨が降り出した。
「虫の知らせだよ」
 唖然とする僕らに、シンゴは、決して得意げではなく、淡々とした様子で言った。
「君、気をつけた法がいいよ。風邪の虫が取り付いてるから」
「馬鹿なこというなよ」
 とりあえず言い返すのが精一杯だった。
 始業式の日なので、学校はすぐに終わった。久し振りに会った友達と遊びに行きたいところだが、僕もケンジも何だかそんな元気がなくなり、大人しく家に帰った。
 シンジの持っていた気持ちの悪い虫の姿がなかなか脳裏にこびりついて離れなかったが、嫌なことは忘れるに限る。夕食を食べる頃にはだいぶ気分も落ち着いてきた。
「ハクション!」
 ごはんを食べているとクシャミが出た。
「こら、クシャミをするときは口を塞ぎなさい」
 お父さんに怒られたが、僕はそんな注意の言葉など耳に入らなかった。クシャミをした瞬間に、僕の口から小さな赤い虫が飛び出したのが見えてしまったのだ。そしてその虫はお父さんの口の中に飛び込んだ。
 お父さんもお母さんも、その虫に気付いていないようだ。「風邪の虫が取り付いてる」というシンゴの言葉を思い出したが、僕は何も言えなかった。
 翌朝、お父さんが熱を出し、会社を休むことになった。やはり僕は何も言えなかった。

                                            了


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