「出たー、スペースハリケーンドロップだぁっ!」。
観客の大歓声が聞こえる。
「カウント、ワン、ツー、スリー!ハリケーンマスクの勝利です」
超満員、1万2千人の武道館が揺れている。今や俺は国民的ヒーローだ。
子供の頃からプロレスラーに憧れていた。高校ではアマレスをやった。プロレスラーになるためだ。県内でベスト4に入った。そして上京して、プロレスラーになるための入門テストを受けた。結果は不合格だった。理由は背が低いから。
180センチ、80キロ。それが入門規定だった。俺は175センチである。それでもプロレスラーになる夢をあきらめられず、俺は単身メキシコに渡った。
メキシコもプロレスが盛んな国である。スペイン語でプロレスはルチャ・リブレという。自由な闘いという意味だ。プロレスラーはルチャドールという。ルチャドールの人気は大変なものだ。
メキシコ人は体が小さい。だから俺の身長でもルチャドールになれる。そしてもう一つの特徴は、マスクを被るということだ。ルチャドールのほとんどは覆面レスラーである。
俺はメキシコで覆面レスラーのハリケーンマスクとしてチャンピオンになった。メキシコでの活躍が日本にも届き、凱旋帰国した。
それまで日本にはなかった華麗な空中殺法を持ち帰った俺の人気は爆発的なものだった。プロレスにはリンピオ=正義の味方とルード=悪役があるが、メキシコでも俺はリンピオだった。日本でも絶対的なヒーローとなった。
俺のマスクのデザインは、顔一面に渦巻きのマークが付いている。ハリケーンという名前と連動している。試合毎に地の色と渦巻きの色が違うマスクを被っている。そんな心遣いも人気の秘訣だった。
覆面レスラーは素顔をさらしてはならない。公式な場では、俺は何処に行くにもマスクを被っていた。当然目立ち、すぐにファンに囲まれてしまう。俺は国民的なヒーローなのだ。
素顔の俺はいたって地味な生活を送っている。素顔になれば、何処に行っても誰も俺のことに気付かない。少し寂しくもあり、気楽でもある。
最近、俺を悩ませていることがある。俺のマスクを被った泥棒が出没しているのだ。俺はヒーローだからイメージが悪くなってしまう。
いや、実は単にイメージの問題ではない。盗まれた宝石や効果な時計が、俺の部屋にあるのだ。子供の頃、俺は夢遊病の気があると言われていた。大人になって治まっていたのだが、盗まれたものがここにあるということは・・・。まったく記憶はないのだが、盗賊が現れた翌朝は、何だか睡眠が足りないような気がする。普段、リンピオを演じている分、夜はルードとなり、心のバランスを取っているのだろうか。
了