Vol.128   死神のノルマ

 あいつが憎い。本当に憎い。殺してしまいたいほどだ。最近は、気がつくとあいつに対してはっきりとした殺意を持っている自分に驚く。それほどあいつが憎い。
 あいつとは同期入社のライバルだ。俺は東京の有名大学を優秀な成績で卒業し、この会社に入った。あいつは関西の有名大学をやはり優秀な成績で卒業した。
 この会社は有名一流企業だから、優秀なやつしか入ってこないが、中でも俺とあいつは1、2を争う存在だった。営業成績も常に1、2位を争ってきた。いや、残念ながら、常にあいつが1番、俺が2番だった。他のやつらは俺たちの足下にも及ばない。しかし、どんなに頑張っても、あいつだけは抜けなかった。そして遂にあいつが課長に昇進した。出世レースではっきりと差をつけられてしまったわけだ。
 恋愛でも俺とあいつはライバルだった。会社でナンバーワンと言われる総務のあの娘をめぐって、俺とあいつは争っていた。俺たちだけではない。社内の独身男性は皆あの娘を狙っていたが、俺たちの的ではなかった。ライバルはあいつだけと思っていた。
 そして、恋愛レースでも俺はあいつに負けた。あいつとあの娘の結婚が決まったのだ。結婚式の招待状を握りしめ、俺はあいつを殺してやりたいと思った。
「あいつを殺してあげますよ」
 そんな時、俺の前に死神が現れた。黒いマントを羽織い、大きな鎌を持った骸骨顔ではなかった。ごく普通のうだつの上がらないサラリーマン風の男だった。だから最初はそいつが本当に死神だとは信じられなかった。しかし、そいつの姿は俺にしか見えないということが分かって、そいつが死神だと分かったのだった。
 俺が望むやり方で、あいつを殺してくれるという。もちろん俺がそれを望んだということは誰にも分からない。ただし、俺の寿命の半分を死神に渡さなければいけない。それが条件だった。
 俺は出世の道も閉ざされ、恋愛もあいつに負けたわけで、残りの人生が半分になったところで、もういいではないか。それであいつをこの世から葬れるのならば、満足だ。そう思った。
 そんなとき、もう一人の死神が現れた。こちらはバリッとしたエリートサラリーマン風の男だった。
「寿命の半分を寄越せなどとは申しません。5年だけで結構です」
 寿命が5年縮まるだけで、あいつに復讐できるのなら、もう何も迷うことはなかった。俺は新しく現れた死神と契約した。
 そして、あいつは交通事故で死んだ。まったく疑いようのない事故だった。酔っぱらい運転のトラックに跳ねられて即死だった。痛みを感じる暇などなかったはずだ。俺のあいつに対するせめてもの優しさだ。
 俺はあいつに代わって課長に昇進した。婚約者を失ったあの娘を慰めるうちに、いい雰囲気になってきた。五年の寿命などまったく惜しくはなかった。

「なんとかノルマ達成だ」
「まったく厳しい世の中になったもんだよな」
 死神の社会でも出世争いがあり、エリートもいれば、落ちこぼれもいた。
「値引きしてでも契約を取らなけりゃ、やっていけないよ」
「あいつ、ノルマを達成できなくて消されたらしいぜ」
「俺たちも頑張らなきゃな」

                                            了


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