Vol.126   競馬シュミレーター

「御免下さい」
 セールスマンだった。普段ならまったく相手にしないところだが、きっちりとスーツを着込み、ものすごく低姿勢で、押し付けがましいところがない。相手にしなければ、さっさと帰ってしまいそうだった。そうなると、返って引き止めたくなってしまうから不思議なものだ。
「競馬シュミレーターというものです」
 彼の持っていた商品がまた、見かけはただのノートパソコンのようだったが、奇想天外なものだった。
 100%の確率で、競馬のレースの結果をシュミレート出来るという。俺はまたギャンブルには目がないときている。とても信じがたいことではあるのだが、俺は興味を引かれてしまった。
「では、ご覧に入れましょう」
 今日は土曜日で、中央競馬が開催されており、テレビでも中継をしている。丁度レースが始まるところだった。
「馬場状態は・・・馬体重は・・・」
 セールスマンはテレビの競馬中継を見ながら、キーボードを叩いて、データを入力していく。既に馬と騎手の過去のレースのデータはインプットされているということだ。
「これでいいでしょう」
 セールスマンはデータをすべて入力し終えたようで、最後にエンターキーを押した。ノートパソコンの画面にCGの競馬場が写し出され、馬がゲートを出た。
 テレビ中継でもレースが始まった。テレビの画面とパソコンのCGのレース運びがまったく同じだった。1着から最後の18着まで、まったく同じ結果、まったく同じタイムだった。
 配当は、1着と2着の馬を当てる馬連で24倍だった。1万円の馬券を買っていれば24万円になる。それほど大きな額ではない。ごく普通のレースだった。それでも、これだけ完全にレース結果をシュミレートできるというのは驚きだった。
「では、もう一度やってみましょう」
 俺はにわかには信じられなかった。セールスマンは、俺の反応が分かっていたかのように落ち着いたものだった。次のレースのデータを入力し、シュミレートのレースが始まり、実際のレースも始まった。またもまったく同じ結果になった。
 今度の配当は200倍以上、万馬券だった。100円が2万円になる。1万円なら200万円だ。それを見事にシュミレートした。
「この機械を売ってくれるのか?」
 必死で考えたが、何処にもインチキがあるとは思えなかった。値段は100万円だった。決して安くはない。それでも今のレースを1万円買っていれば、すぐに元が取れて、更に100万円が儲かる計算になる。
 翌日の日曜日もレースがある。興奮して夜はほとんど眠れず、朝6時にはベットを出た。コンビニに行き、競馬新聞を買った。俺は競馬シュミレーターの電源を入れ、説明書を見ながらデータを入力した。馬体重や天気などはまだ入力出来ない。場外馬券売り場に行き、発表を待って入力するしかない。
「スタート時の歓声の大きさだと・・・」
 こんなもの、まさにレースのスタート時にならなければ分からない。つまり、いくら正しいシュミレートが出来ても馬券を買う暇などないということだ。

                                            了


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