Vol.125   脇役の抵抗

「キャー」
 シャワーの途中だったので、タオルだけをまとい、皆の所に走って逃げた。
「今、変な男が私を殺そうと・・・」
「何、寝ぼけてるの?」 「寝ぼけてなんかいない。大きなハサミを持っていたのよ」
「何かの見間違いよ」
 皆の反応は恐ろしく冷たい。そりゃあ、私はその他大勢の一人だけれど、命を狙われたというのに、殺人鬼がここに紛れ込んでいるのに、皆はまったく無関心だった。
 カレッジのフットボール部の合宿で、私たちチアガールも同行していた。私はバックダンサーの一人で脇役だ。
「さあ、行きましょう」
 シルビアが言うと、皆が一斉に立ち上がった。彼女は花形のチアリーダーで、私たちの女王様だ。とびきりの美人だし、スタイルも抜群なのは認める。でも、チアの技術は大したことはないし、性格に至っては最悪だ。
 それでも他の皆は彼女に付き従っている。まさに女王様とその家来だった。私はそんな真似は御免だった。
 仕方がないので、一人でシャワー室に戻った。怖かったが、洋服も置いたままなのだ。様子を伺ったが、不振な男はいなかった。あれだけ騒がれて、ここに留まっているはずもない。
 それでも、もうシャワーを浴びる気にはならない。私は急いで吹くを身につけた。
「キャー」
 大きなハサミを広げてかかげるシルエットがカーテンに写った。私は男を突き飛ばし、逃げた。男の顔が見えた。焼けただれ、人の顔ではなかった。まさに殺人鬼だ。
 皆のところに逃げ込んだが、明らかに私を避けている。一体どういうことだろう?
「どうしたの?」
 途方に暮れて、私が一人歩いていると、男の子が声をかけてきた。確か、フットボール部の人だ。名前は・・・何だっけ?
 私は彼に説明し、シャワー室まで一緒に来てもらったが、殺人鬼はいなかった。
「気のせいだよ。外の空気でも吸いに行こうよ」
 気のせいのはずはないと思ったけど、私は男の提案に従った。なかなかいい男だったのだ。
 二人で夜の田舎道を歩く。辺りには木以外は何もない。しばらく歩くと、おあつらえ向きの小屋があった。彼は私の手を引いて、小屋に入って行った。
 部屋に入ると彼は私にキスをしてきた。私も変な気分になる・・・。
「キャー」
 殺人鬼が現れた。私は彼を突き飛ばして逃げた。
 部屋に逃げ帰り、ベットに潜り込んで震えていると・・・。
「キャー」
 今度は殺人鬼が私の部屋に現れた。私は部屋を飛び出した。

 客席がざわついていた。
「変だよ。この映画」
「ホラー映画でしょ?」
「まだ誰も殺されていないのよ」
「最初の子が殺されて始まるんじゃないの?」
「すっと逃げ回ってるわ」

 私が何をしたっていうの?どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの?私は、ただ・・・私は・・・私は・・・誰なの?
 そう、私は思い出した。私はこの映画の世界に住む脇役の一人だ。名前もない。でも、ただ裸を見せて、すぐ殺されて終わりなんて、御免だわ。私は逃げ続けた。

                                            了


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