Vol.120   図書館の秘密

 あいつが転校してきたからだ。それまで僕は勉強の成績なら誰にも負けなかった。僕の成績が落ちたわけではない。あいつが出来過ぎるのだ。
 大人しいやつだった。いつ転校してきたのか気づかなかったくらいだ。クラスの誰ともお喋りなどしない。それは僕も同じだけれど、こんな子供っぽいやつらと馬鹿らしくて話しなどしていられない。そんな暇があったら勉強をしていた方がいい。
 授業中も発言などしない。でも、試験の成績は恐ろしくいいのだ。僕がいくら頑張っても僕よりいい成績を取る。ほとんど全科目が百点なのだから、とても太刀打ちできない。
 カンニングでもしているのではないかと疑ったが、注意深く監視しても、まったくそんな素振りはなかった。
 いい学習塾に通っているのかと後をつけてみた。驚いたことに塾には通っていなかった。その代わり、毎日図書館に寄って、ずっと勉強をしているようだ。
 あいつが勉強できる秘密は図書館にあるのではないか。よほどいい参考書があるとか、そういう結論に達した。今日はあいつの後から図書館に入ってみることにした。
 中を一回りしてみたが、あいつの姿はなかった。となれば2階の自習室で勉強しているのだろう。そう思って2階に上がってみた。しかし、自習室にも彼の姿はなかった。
 あいつは一体何処で何をやっているのだろうか?僕が途方に暮れて立ち尽くしていると、あいつが階段を登ってきた。自習室には入らず脇の細い通路を歩いて行った。
 やはりこの図書館に何かがあるのだ。僕は慌ててあいつの後を追った。
 しばらくその狭く薄汚れた通路を歩いた。図書館にこんな通路があっただろうか。そしてこんなに広かっただろうかと思えるほど歩いた気がする。
 ようやく通路は行き止まりになり、ドアがあった。あいつはそのドアの中に入って行った。中からは人の話し声が聞こえる。
「どうしたの?入らないの?」
 僕がドアの前に立ち、どうしたものか考えていると、ドアが開き、あいつが顔を出した。
 気づかれないようにしていたつもりだったが、気づかれていたようだ。僕は覚悟を決めて部屋の中に入った。
 中は自習室のようになっていて、机と椅子があった。数人の学生がいて、一緒に勉強をしていた。各自がそれぞれ自習しているのではない。お互いに分からないところを教え合ったりしていた。
 その日から僕は図書館での勉強仲間に加わった。あいつのことを誤解していた。自分の成績が上がることしか考えない嫌なやつだと思っていたのだが、まったくそんなことはなかった。何せ僕のことを暖かく迎えてくれたのだから。
 勉強をする気のないものはまったく相手にしない。勉強をしたいと思っているものとは、お互いに協力して勉強をする。それがここにいる人たちの考え方だった。
 自分の成績のことしか考えないのは、むしろ僕の方だった。僕も考えを改め、彼らは何よりも大事な仲間になった。
 勉強することが楽しかった。僕は寝る間も、食事をする間さえ惜しんで勉強をした。成績は益々良くなった。

「あいつ馬鹿だよなあ」
「成績は良かったけどな」
「勉強のし過ぎで過労死するなんて、いくら成績が良くたって、やっぱり馬鹿だよ」
「そう言えば、図書館であいつを見かけたって噂話しがあるぜ」
「やめろよ。あいつの幽霊かよ。俺、そういう話し嫌いなんだ」
「幽霊は自分で死んだことに気づかないって言うぜ」
「あいつも自分が死んだことに気づかないで、今も図書館で必死に勉強してたりして」
「勉強仲間の幽霊と一緒に」
「おい。本当にやめろよ」
「馬鹿だな。幽霊なんているもんか」

                             了


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