Vol.118   2月xx日

 目覚まし時計のアラームで目が覚める。いつものことだ。あと少し、そう思って布団に潜り込む。今年の冬は寒さが厳しくて、起きるのが辛い。再びアラームの音で時計を見る。慌てて飛び起きる。いつものことだ。
 朝食は食べる主義だ。とはいえ男の一人暮らし、ご覧のように少しでも長く布団に入っていたい方だ。昨夜のうちにコンビニで買っておいたサンドイッチを缶コーヒーで急いで流し込む慌しさだ。
 テレビは見る。じっくり見入っている時間はないが、大きなニュースがあれば知っていないと社会人として問題があるし、天気予報と交通情報は要チェックだ。あとは表示される時刻が時計代わり。朝は1分1秒が貴重な時間なのだ。
「それでは今日、2月30日の星占ないです」  占ないに興味はない。アナウンサーがこう言ったら、家を出る時間だ。これもいつものことだ。リモコンを手に、テレビの電源を切る。何となく違和感を感じたのだが、深く考えている余裕はなかった。火の元を確認し、電気を消して、部屋を出る。鍵を閉めたことを確認して、小走りに駅へ向かう。いつものことだ。
 駅でスポーツ新聞を買う。いつものことだ。電車に乗り、自分の場所を確保して、小さくたたんだ新聞を広げる。この路線は比較的空いているので、何とか新聞を読むことができる。乗り換えてしまったら、とても新聞など読める状態ではなくなるから今のうちなのだ。
 記事はありふれたものだった。プロ野球のキャンプの話し、サッカー日本代表の練習の様子。でも何か違和感があった。先程テレビでも感じた違和感と同じだ。何だろうと思いながら新聞を見るうち、ようやく気がついた。日付が2月30日になっているのだ。今年は閏年だから29日まではある。でも30日なんてある訳がなかった。
 印刷の間違いだろうか。新聞がこんな間違いをするものだろうか。テレビのアナウンサー言っていた。いい間違えたのだろうか。こんな間違いが2つも続くなんてことがあるのだろうか。
 それとも何百年に1回とかで閏年の調整のために30日まであるときがあるのだろうか。いや、いくらなんでもそんな話しがあれば、俺の耳にも入るだろうし、忘れるわけもない。釈然としないまま満員電車に揺られ、会社に着いた。
「あっ」
 自分の席でカレンダーを見て、思わず声を上げてしまった。カレンダーにはしっかり2月30日が存在していた。
「どうした?」
 隣の同僚が怪訝な顔で声をかけてきた。
「いや、今日は2月30日か?」
「そうだよ。当たり前じゃないか。何を驚いているんだい?」
 彼の態度からすると、今日は2月30日で、それはごく当たり前のことなのだ。テレビや新聞も当然のことが示してあっただけだ。でも、そんなはずはない。2月30日なんてあり得ないではないか。
 インターネットでいろいろ調べてみたが、今日が2月30日であることは間違いなかった。それも閏年の調整などではなく、ごく普通に2月30日であるらしい。
 もう仕事どころではなかった。もっとも今月の仕事は昨日のうちにすべて片付けていた。2月30日なんて存在しないものと思っていたのだ。今日やるべき仕事は何もなかった。
 そうだ。昨日は隣の同僚と、今月は忙しかったから、閏年で29日まであって良かったなと話しをしたではないか。そうだそうだと言いあったではないか。しかし、彼にそのことを確認してみる気にはなれなかった。
 釈然としないまま1日が過ぎた。やることもないので定時に会社を出た。家の近所の中華屋で晩飯を食いながら、ビールを飲む。いつものことだ。コンビニで更にビールを買い込み、家に帰る。いつもは晩飯のときに飲むだけだったが、今日は酔わずにはいられない気分だった。
 テレビを見ながら、ビールを飲む。番組はいつもとまったく変わりなかった。飲んでも釈然としない気持ちに変わりはなく、あまり酔えなかったが、仕方がないので寝ることにした。
 目覚まし時計のアラームで目が覚めた。今日はすぐに飛び起きた。昨日のことは長い夢で、今日は普通に3月1日だなんて落ちではないfだろうか。むしろそうあって欲しいと思った。それにしては昨日の1日は現実味を帯びていたが。
 とにかく、昨日が2月30日だろうと、今日が3月1日であることは間違いない。昨日のことはもう忘れよう。そう思った。
 テレビを点ける。アナウンサーの第一声に俺は愕然とした。
「では、今日、2月31日のニュースです」

                             了


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