Vol.117   鬼

「昨夜もやられたそうだ」
「最近多いな」
「手足が引きちぎられていたそうだ。辺りは血の海で、それは凄惨な状態だったそうだ」
「腕の立つお侍さんだったそうだが」
「刀など役に立たないのかも知れないな」
「襲われるのは女ばかりというわけでもないのだな」
「物取りが目的でもない」
「ただ殺戮したいだけなのだ」
「俺たちも夜は出歩かないことだよ」
 人々は鬼の噂で持ちきりだった。夜道を一人で歩いていると鬼に襲われるという事件が相次いでいた。手足を引きちぎられ、殺される。女の人を襲うわけでも、持ち物を盗むわけでもない。ただ人を殺すことが目的なのだ。それが鬼というものだ。
 昨夜は侍が殺された。剣の腕も立つ人物だった。それが無残にも殺された。鬼は身の丈2メートルを超える大男で、恐ろしい怪力の持ち主だという。刀を持っていても、人間の力では太刀打ちできないのだろう。
 鬼もそうだが、魔物の類は昼間現れることはない。そうした魔物が現れるときは、人々は夜出歩くことは避けるしか為すすべがなかった。
 しかし、何処にも変わり者がいるものだ。村一番の暴れ者の大男で、あまりの乱暴ぶりに村人から恐れられ、避けられている男がいた。身の丈はやはり2メートルを超え、鬼に劣らぬ体格をしている。
 別に村人に頼まれたわけではない。誰もが男を避けているから、ふと噂を耳にしただけだ。別に村人を助けるつもりもない。自分の力に自信を持っているのだ。ただ退屈しのぎに鬼を退治してやろう。そう思った。
 男は一人、闇夜の中を歩いていた。やがて気配を感じた。どうやら鬼に囲まれたしまったらしい。
 男が足を止めると、ぞろぞろと鬼が姿を現した。赤い鬼、青い鬼、角が1本のもの、2本のもの。5人の鬼がいた。しかし、身の丈は男よりいくらか低いようだ。噂ほどの大男ではない。
 鬼の方が男に戸惑っているようだった。男は自ら鬼に向かっていった。あっという間に男は鬼を殴り倒し、蹴り倒し、投げ飛ばしていた。
「ほう、なかなかやるな」
 それを見ていた鬼の親分が出て来た。体格は男と同じくらいだった。肌は人と同じ肌色だったが、額に角が1本生えていた。
 男と鬼はにらみ合い、どちらも不適な笑みを浮かべた。やっと骨のある相手が出て来た。お互いにそう思っていた。
 にらみ合いはしばらく続いたが、動きは同時だった。がっちりと組み合った。力はまったくの互角だった。離れて殴り合い、蹴り合った。
 また組み合って闘った。どれくらいの時が経っただろう。さすがに2人とも力尽きて、地面に座り込んだ。
「人間にしてはやるな」
「お前もなかなかのものだ。鬼のくせに」
言い合って、笑った。
「実は俺は鬼ではない。これは作り物だ」
鬼がそう言って、額の角を取った。
「人間などやっていて面白いか?」
「いや、面白くない。誰も俺を恐れて、まともに相手をしてくれない」
「どうだ。俺たちと一緒に行かぬか」
「それも面白いかもしれん」
「そうしろ。人間どもをいたぶってやろうではないか」
「うむ。そうしよう」
鬼の子分たちが呟いた。
「本当に怖いのは人間だ」

                             了


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