Vol.116   消えたダイヤモンド

 おばあちゃんが亡くなった。ぼくはあまり会ったこともないのだけれど、お母さんに言われてよそ行きの服を着た。お母さんは何だかあわてているみたいだ。
 お父さんも早くスーツを着るように言われている。すごくプリプリしていた。こういうときは悲しいものなんじゃないのかなあ。
 お母さんにすごくせかされて、僕たちはお父さんの車でおばあちゃんの家に向かった。
 おじいちゃんはずっと前に亡くなっている。僕はおじいちゃんに会ったことがなかった。それから、おばあちゃんは一人で暮らしていたそうだ。
 おばあちゃんの家には、れいこおばさんとれいなおばさんも来ていた。お母さんはれいかという名前だ。れいこおばさんは自分だけ古くさい名前でいやだといつも言っている。お母さんは2人のおばさんより後についたことが気に入らないみたいで、機嫌が悪かった。
 お母さんとおばさんたちは、早速、ゆいごんじょうがあるとかないとか、難しい顔をして話し出した。
 きっと、いさんそうぞくの話しをしているのだ。僕には難しくて分からないけど、テレビのドラマでで見たのと同じだ。でも、おばあちゃんはそんなにお金持ちなわけじゃないのに。
 僕は1人で退屈だった。こんなとき一緒に遊べる友達がいればいいのに、れいなおばさんはまだ独身だし、れいこおばさんには子供がいなかったから、子供は僕1人だった。
 お父さんはおじさん(れいこおばさんの旦那さん)とお酒を飲みながら話しをしている。まったく女たちには参ったものですな−−という感じだ。
 お母さんたちはどうやらダイヤモンドという宝石のことでもめているようだ。おばあちゃんはお金持ちではないけれど、とても高価なダイヤモンドを持っていて、それを誰がもらうかで言い争っているのだ。
 3人とも自分のものだと言い張って、まったくゆずらなかった。お父さんたちが、売って3人でお金を分けるしかないだろうと言うと、今度は、そんなもったいないことできないわと3人が声をそろえて言った。
 とにかくダイヤモンドを見てみましょうということになった。3人でおばあちゃんの部屋に行き、宝石箱を開けた。でもそこにダイヤモンドは入っていなかった。
 それからがまた大騒ぎだった。一番早く来たれいなおばさんが疑われ、れいなおばさんは持っていないと泣き叫んだ。荷物まで調べられたけど、ダイヤモンドは出てこなかった。
 結局、ダイヤモンドは出てきなかった。おかあさんは絶対にれいなおばさんが取ったのだと言っているけど、証拠がない。お父さんはおばあちゃんが3人の誰に渡すか決められなかったから処分してしまったのだと言った。とにかくお母さんは納得いかないようだ。

「これあげるよ」
「わあ、きれい。ありがとう」
ぼくは幼稚園でゆみちゃんにきれいな石をあげた。これがきっとおかあさんたちが騒いでいたダイヤモンドだ。
 去年のお正月におばあちゃんのところに行ったときにおばあちゃんに言われたのだ。もし、おばあちゃんが死んだら、このきれいな石をぼくにあげるって。隠し場所を教えてくれて、おかあさんたちには絶対に内緒だって言われた。だからあのときおかあさんたちが騒いでいても、ぼくは何も言わなかった。
 大きくなったら大事な女の人にあげなさい。とっても喜ぶよと言われた。でもぼくはゆみちゃんのことが大好きだし、女の子はビーズ遊びが好きだから、大きくならなくたってきっと喜んでくれると思った。ゆみちゃんは大喜びだから僕もうれしい。
「ゆみちゃん、これは誰にも見せてはいけないよ。僕からもらったっていうのもないしょだよ」
「うん、わかったわ」
 このダイヤモンドのことは、ぼくとおばあちゃんとゆみちゃんとひみつだ。

                             了


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