Vol.114   頭角を現す

「やっぱりな」
 俺は鏡を見て複雑な気分だった。やはりこれと俺の成績には関係があるのだ。
 俺はプロ野球の選手だ。子供の頃から野球が大好きで、リトルリーグ、高校野球、大学野球と続けてきた。高校では憧れの甲子園に行くことはできなかった。大学は東京六大学に入ったもののエースではなく、3番手くらいの投手だった。
 それでも何が評価されたのか今でも分からないが、ドラフトに滑り込み、夢のプロ野球選手となった。幸運な人生といっていい。
 1年目の途中から1軍で投げる機会をもらえるようになり、2年目は先発で5勝した。3年目はシーズンの初めから先発ローテーションの5番手として7勝を上げた。この頃からだった。これが気になるようになったのは。
 4年目は9勝、5年目は10勝と着実に成績を伸ばし、今ではチームの3番手の先発投手である。そして、これも成績と同じように着実に伸びている。
 幸い、野球選手は試合中は帽子を被っているから、うまく隠すことができる。俺は普段、表に出るときも帽子を被っているし、ヒーローインタビューを受けるよう にもなったが、決して帽子は取らない。他の選手は帽子を取って、手を振り、ファンの声援に応えるものなのだ。
 だから、俺はハゲなんじゃないかと噂されるようになった。まあ、そんなことは構わない。でも、これ以上これが伸びてしまうと、帽子では隠せなくなってしまう。
 俺の頭の天辺には角が生えているのだ。初めはコブかと思った。頭をぶつけた記憶もないのに、おかしいなとは思ったが、あまり気にしなかった。しばらく忘れていたが、まだコブがあることに気づいて、不安になった。そして、それは少しずつ伸びているようだった。
 今ではこれがコブではなく、角だということがはっきりと分かる。童話に出てくる鬼に生えている角、そのものなのだ。
 頭角を現すという言葉がある。俺がプロ野球選手として成功するのに比例して頭の角も伸びているのだ。しかも俺は鬼塚という苗字だ。
 角のことは家族にも話していないが、両親と兄弟には角など生えていない。親父も兄も平凡なサラリーマンで、母親は専業主婦だ。特別成功したというわけではないから角が生えないのだと俺は思っている。
 成績が悪くなったら角は縮むのか。プロ野球選手を辞めたら角はなくなるのか。試しに成績を落としてみようかとも思ったが、やはりいざマウンドに上がれば、全力を出してしまうし、結果も残してしまうのだった。
 6年目の今年も、俺は去年以上の力を発揮し、チームも調子が良かった。明日の試合は俺が先発で、勝てば優勝が決まる。負けるわけにはいかないのだ。

 9回表ツーアウト満塁、2対1でうちのチームがリードしている。この打者を抑えれば優勝、打たれれば逆転負けという場面だった。俺の周りに選手が集まった。監督もやって来た。
「投げさせて下さい」
 俺は言った。監督にどうすると聞かれたら、そう答えるしかないではないか。監督は黙って頷いた。リリーフ投手が調子を崩しているというのもあるが、この試合は俺に任せてもらえたのだ。投手としてこれ以上嬉しいことはない。
 俺は渾身の力を込めて投げた。自分でも信じられないほど力のあるボールがいいコースに決まった。頭の天辺が熱くなるのを感じたが、そんなことを気にしている場合ではない。
 もう1球ストレート。これも先ほどのボールより素晴らしいボールだった。ツーストライク。あと1球のストライクで優勝だ。キャッチャーのサインはインコースのストレート。俺もそのつもりだった。3球勝負だ。ボールの遊び球などいらない。
「ストライク!」
 球審が手を上げた。俺の人生で最高のストレートだった。この瞬間、俺たちの優勝が決まった。超満員のスタンドが歓声を上げた。俺にとっても人生で最高の瞬間だった。
 やがてスタンドの歓喜の声がどよめきに変わった。俺の頭の角は一気に10センチほどに伸びていた。帽子が外れ、角が露わになっていた。

 結局、まったく気にする必要はなかったのかもしれない。俺はその後、日本での騒動を避けて、アメリカに渡った。メジャーリーグで投手として活躍した。俺の愛称はONIで、日本語の鬼の意味であることはアメリカ中に知れ渡っている。ファンはオフィシャルショップで売っている角のおもちゃを頭につけて球場にやってくる。俺は大変な人気者で、日本以上の成績を残している。
 頭角を現すという言葉の頭角とは、頭の角ではなく、頭のさきという意味だということを知ったが、もはやそんなことはどうでも良かった。

                             了


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