いざとなると手が震える。どうせ死のうと思ったのだ。例え当たったとしても引き金を引くだけですべてが終わるだけだ。どうということはない。
確立は六分の一だ。普通に考えれば当たらないだろう。だからかえって変な希望を持ってしまうのか。
これで当たってしまうなんて本当に運が悪い。でも、今の俺なら当たるかもしれない。すべての運は使い果たしてしまったから。
冬だというのに汗でぐっしょりだ。もう何の未練もないはずなのに。もう死ぬしかないと決めたじゃないか。
それにしても何故こんな方法を思いついたのだろう。もっと楽に、確実に死ねる方法もあるじゃないか。まだ何処かに生きたい気持ちが残っているのか。
そうだ。神様にだって、仏様にだって、いくらだってお祈りしてやる。もう一度やりなおさせてもらえるなら。
でも神なんてものはいないよな。いれば俺がこんな酷い目に合うわけがない。俺は何も悪いことはしていない。
運が悪かっただけなんだ。地道に暮らしていればよかったのか。でも投資をすれば確実に儲かっていたのだ。誰だって欲が出る。
突然、株価が暴落するなんて。誰も考えもしなかった。あっという間に一文なしだ。いや一文なしならまだいい。気がついたときには何十億という借金を抱えていた。
どうしようもないんだ。死ぬしかない。だからってロシアンルーレットをやってもようなんて、馬鹿なことを考えたものだ。
死ぬ前に最後の賭けをやってみようと思ったのだ。拳銃に一発だけ弾丸を込める。何処に入っているか分からないように回す。
当たってしまえば死ぬだけ。当たらなければもう一度やり直す。やはり未練が残っているのだ。
もう一度やり直させてもらえるなら、悪魔に魂だって売ってやる。どうせ悪魔なんてものもいないのだろうが。
俺は大きく深呼吸をした。そして引き金を引く指に力を込めた。
カチリ・・・弾は出なかった。
人は死んだ気になれば何でもできるものだ。俺はあのとき死ななくて本当に良かったと思っている。
俺はもう一度やり直して、事業に成功した。以前のような無茶な拡大はせず地道に努力した。
二十年かかった。俺は五十歳になっていた。すべての借金を返済した。社長とはいえ、それほど裕福なわけではない。でも、人並みの生活はできる。
がむしゃらに働いたから結婚など考えてもいなかった。それでも縁があって、昨年知り合った女房で結婚した。
娘も生まれた。結婚式などしなかったのだが、借金の返済が終わったのを期に結婚式を挙げることにした。
妻も喜んでくれている。俺は幸せだった。おそらく人生で一番幸せなときだろう。
本当にあのとき死ななくてよかったと思う。そしてあの奇妙な体験を思い出す。
あのとき、弾は発射されたのだ。六分の一の確立に当たってしまったのだ。引き金を引いた瞬間、手ごたえみたいなものを感じたのだ。ああやってしまった。そう思ったのだ。
でも俺は生きていた。弾は出なかった。俺の勘違いかと思った。しかし、確認したら弾はなくなっていた。
無意識のうちに避けたのか。部屋を探しても弾は何処にもなかった。一発だけ拳銃に詰めたことは間違いない。
弾は何処かに消えてしまったのだ。
「さあ行きましょう」
妻は私より遥かに若いとはいえ、もう三十歳だ。それでもウエディングドレス姿が眩しいほどに美しかった。
「綺麗だよ」
俺は素直に彼女を褒めた。こんな歯の浮くようなことを言ったのは初めてのことだった。
妻は恥ずかしそうに笑った。
妻に抱かれた生まれたばかりの娘を笑っていた。愛しい笑顔だ。
俺たちは控え室を出て、友人たちが待つにチャペルに向かった。
皆が笑顔と拍手で迎えてくれる。慎ましながら、かけがえのない友人たちだ。
ダーン・・・銃声がした。
「よりによって結婚式のときに・・・」
「こめかみを打ち抜かれて即死だって」
「残された奥さんと娘さんが可哀相で」
「もちろん誰かに怨まれるなんてことはありませんよ」
「拳銃を撃った人なんていませんでした」
「不思議なんだ。弾丸は二十年も前のものだったらしい」
悪魔に魂を売るっていうのはこういうことさ。ちゃんとやり直しができただろう。幸せの絶頂で魂をいただくのさ。
了