Vol.108   五月病理論

「まったく、朝のラッシュアワーはたまったものじゃありませんな」
「そうですね。何とかして欲しいものです」
「特に4月になると新入社員が乗ってきて、余計に混むんだ」
「ええ、慣れてないもんだから、余計に混むんです」
「でも、何故か、5月のゴールデンウイークが開けると、混雑が少しましにならないか?」
「ええ、確かに。新入社員も慣れるのでしょうか?」
「少しづつ慣れていくなら分かるんだが、連休が終わると急に慣れるというのはおかしいじゃないか。むしろ1ヶ月で慣れてきたとしても、連休で忘れてしまうんじゃないか?」
「確かにそうですね。では、辞めてしまう新入社員がいるとかじゃないですか」
「中には辞めてしまう人もいるだろう。でも、たった1ヶ月だよ。そんな人はごく僅かだ。五月病というのもある。辞めてしまうのはもう少し先じゃないか?」
「うーん。なるほど。それじゃ、その五月病で、辞めないまでも会社を休んでしまうのではないでしょうか?」
「そこだよ。五月病というが、自分の周りを見渡してごらん。実際に会社に馴染めなくて休んでしまう人なんて、どれくらいいると思う」
「確かに、そんな人、ほとんどいませんね」
「そうだろう。誰でも遊んで暮らしていけるわけではないんだから、そんなに簡単に会社を辞めてしまうわけにはいかないんだ」
「じゃあ何故、連休が終わると電車が空くのでしょう」
「そうなんだ。私はあらゆる可能性を考えてみた。今のようにね。君、他に何か理由が思いつくかい?」
「うーむ。思いつきません」
「そうだろう。そして君の思いつきはすべて明確に否定されたね」
「はい、そうです」
「そうだろう。だが、ただ一つだけ否定できないことがあるんだ」
「な、なんですか?」
「うむ。それは人が減っているのじゃない。小さくなっているんだ」
「えっ、どういうことです」
「人はほんの僅かづづ、徐々に小さくなっているんだよ。連休の間、満員電車に乗らないから、久し振りに電車に乗って、空いたように感じるんだ」
「何故小さくなるんです?」
「そこまでは分からない。動くことによって水分が減ったりということだと思うが、それは推測だ。でも、人が小さくなるということしか、ゴールデンウイーク開けに電車が空く理由はないんだ」
「うーん。そうですね。確かにそうだ。他に理由は考えられません」
「いつまでも何を馬鹿なことを言ってるんだ。宇宙絶えず膨張しているというのを知らないのか?人が小さくなるんじゃない。電車が大きくなってるんだ?」
「えっ、そうなんですか?」
「何か否定できる意見があるか?」
「いえ、なるほど。そうなのか」
「さあ、分かったら早く病室に戻って。薬の時間だよ」
「は、はい。分かりました」
「えっ、彼らですか?会社に馴染めず、ノイローゼになってここに入院しています」

                             了


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