Vol.107   花見

「あちゃー」
 今日は金曜日、桜は満開。天気も良く、春らしく暖かい。絶好のお花見日和である。もはや辺りは宴たけなわ。今更のこのこやって来たところで、場所が空いているわけがない。
「おい、今日は花見に行こう」
 冗談ではない。皆、朝から場所取りをしているのだ。退社時刻になって、そんなことを言われても、もう遅い。俺のせいではない。しかし、下っ端サラリーマンの辛いところ、課長に向かって「あんたが悪い」などと言えるはずもなく、何とか場所を探し出すしかないのだ。
 彼は必死で公園を歩き回った。当然ながら何処も人で溢れていた。
「やっぱり無理か・・・」
 あきらめかけたその時、空いている一画を見つけた。大きな桜の木のすぐそばで、いい場所だ。周りには先客がいる。でも、何故かその一画だけ空いているのだ。ちょっと狭いが、この際、贅沢は言っていられない。
 彼は人の合間を縫って、その場所に急いだ。しかし、どう考えても、ここだけポツンと空いているというのは変だった。何かあるのだろうか。
「ああ、そこは・・・」
 隣で飲んでいた男が話しかけてきた。
「去年の暮れだけど、この桜の木で首吊りで殺した女の人がいるんだ。後で紐が切れたか、枝が折れたかで、発見されたとき、ちょうどその場所に横たわっていたそうだよ」
 気味の悪い話しだ。その場所だけでなく、この桜の木自体を避けたいところだろうに。
 それでも、ようやく見つけた場所だ。彼が立ち去りかねていると、男が続けた。
「そこに女の幽霊が立っているのが何度か見られているそうだよ。今もそこに立っているかもしれないなあ」
 さすがに彼もあきらめざるを得なかった。男には何も答えずにその場を立ち去った。
 それから1時間程の間に、数人の男が、その場所を訪れて、男に同じことを言われて、立ち去っていった。
 さらに1時間が経過し、宴会を終えるグループも出てきた。もはや新たに場所を求めて来る者はいなかった。
「やあ、誰も来なかったようだね」
 1人の男がやって来て、先程から女の幽霊の話しをしていた男に声をかけた。
「ああ、ちょっと幽霊話しを思いついてね。5人ほど来たけど皆、気味悪がって帰っていったよ」
「なるほど、うまい手だね。じゃあ約束の1万円だ」
「ああ、本当にいいのか」
「もとろん。取ってくれたまえ」
「じゃあ、遠慮なく」
 男が場所取りをしていると、先程の男がやって来て、この場所にシートをひかずに、場所取りをしてくれたら、1万円渡すと言ったのだ。
 シートをひいて場所を取っておけば済むものを、何故、わざわざシートをひかないのか分からなかったが、1万円もらえるならと、考えて、幽霊話しを思いついた。
 男はこんな時間までやって来なかったし、本当に1万円がもらえるとは思わなかったが、人が気味悪がって帰っていくのが面白くなってきて、話し続けていたのだ。
「変な奴だなあ。1万円儲かったからまあいいか」
 男が立ち去ると、彼はつぶやいた。
 男には彼のつぶやきが聞こえていた。変な奴と思われても仕方がない。男にはあの場所で楽しそうに遊んでいる女の子の姿が見えてしまうのだ。人間の女の子ではない。女の子の幽霊だ。
 男には幽霊を見る能力があった。そして女の子をこのままそっとしておきたいと思い、彼に頼んだのだった。実は彼の幽霊話しもまったくの出鱈目というわけではなかったのだった。

                             了


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