Vol.100   絵本

 最悪だった。何もかもうまくいかなかった。会社に入って働いてもうまくいかず、すぐ辞めてしまう。いくつかの会社を渡り歩いたが、どこでも同じだった。
 もう会社務めはあきらめて、フリーターになったが、どんなアルバイトをしても長続きしなかった。
 皆は俺に問題があると言うけれど、そんなことはない。周りが俺のことをちゃんと見てくれないのだ。俺はちゃんと働こうと思っているのに、誰かが俺の邪魔をする。
 もう働く気もなくなった。家賃を払えなくなったので、アパートを引き払い、身一つで彼女の所に転がりこんだ。そのままヒモのような生活をしていたが、遂にその彼女にも愛想を尽かされてしまった。
 そして、行く当てもなく、深夜のコンビニに佇んでいる。ジーパンのポケットには小銭が213円。情けないことにそれが俺の全財産だった。
 人生をやり直せるとしたら、何処からやり直せばいいのだろう。いや、そんなことを考えても仕方がない。
「ねえ」
 広げた雑誌をぼんやりと眺め、そんなことを漠然と考えていた俺は、突然話し掛けられてびっくりした。
 見れば、隣に小さな男の子が立っていた。まだ小学校にも上がる前のような小さな男の子だった。
「ねえ、ご本を読んで」
 男の子は屈託のない笑顔で言った。本のコーナーから持って来たのか、絵本を差し出していた。今のコンビニにはこんな絵本まで置いてあるのか。
 何故、こんな夜中に、こんな小さな男の子がコンビニにいるのだろう。親らしき人の姿もない。
 店員の方を見ると、俺たちには見向きもしないで、商品の棚卸しをしていた。
 まあ、いいか。俺は男の子が差し出した絵本を手に取った。
「昔、嫌われ者の鬼がいました・・・」
 俺が絵本を読み始めると、男の子は目を輝かせておれを見つめた。
「・・・そして鬼は近所の人たちと仲良くなりました」
 読み終えて絵本を男の子に渡した。
「ありがとう」
 男の子は嬉しそうに微笑んだ。
 本を読んでいるうちに思い出した。この絵本は昔読んだことがあった。俺が子供だった頃、弟に読んであげたのだ。弟はちょうど今の男の子くらいの年だった。弟は幼稚園のときに交通事故で亡くなってしまった。
 その時から俺の人生はおかしくなってしまった気がする。思い出したくないことだったから、今まであえて考えないようにしていたのかもしれない。本を読んで、そんなことを思い出してしまった。そういえば、あの男の子は弟に・・・。
 ふと気づくと男の子の姿はもう何処にもなかった。俺はコンビニを出た。ポケットに忍ばせていたナイフをゴミ箱に捨てた。
 コンビニ強盗をしようと思っていたのだ。でも、もう一度人生をやり直してみよう。そんな気になった。

                             了


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