Vol.98   ワールドカップ

 4年に一度、国と国が威信を賭けて戦う最高の舞台。それがワールドカップだ。サッカーをやっている者にとって、その夢の舞台に立てるということだけで幸福なのだ。
 まずプロのサッカー選手になるというのが狭き門である。更にその中でも国の代表に選ばれるというのはごく少数だ。そして世界の予選を勝ち抜いた32ヶ国だけがワールドカップの舞台に立てる。これも容易なことではない。
 この国がワールドカップに出場したのは今回で3回目だ。やっとの思いで初出場のキップをつかんだのが8年前のことだった。予選リーグで1勝もできずに敗退した。4年前は自国開催だったため、地区予選は免除されていた。予選リーグの組み合わせも開催国に有利になるから、予選リーグはどうにか突破できたものの、決勝トーナメントの1回戦で敗退した。
 それから4年、俺たちは再び地区予選を勝ち抜き、ワールドカップの舞台に立った。もし生まれるのが10年早かったら、ワールドカップなんてまさに夢舞台だったわけだ。
 俺は8年前は、テレビで観戦する一人の少年だった。4年前も高校選手権でちょっと注目はされていたものの、やはりテレビ観戦だった。それからプロになり、代表選手に選ばれ、初めてワールドカップの舞台に立つことになった。
 初出場から8年、わが国のサッカー熱は急速に高まり、実力も上がった。世界と戦えるレベルに達したといわれている。予選リーグ突破はもちろん、ベスト8、ベスト4というところまで期待されている。さすがに優勝はないだろうが、サッカーは何が起こるか分からないし、戦う前からあきらめるわけもない。とにかく俺たちは力の限り戦い抜こうと思っていた。
 予選リーグの第1試合、この試合はとても重要だった。予選リーグの俺たちのグループはダントツの優勝候補国がいるものの、あとの3ヶ国は似たような実力で、公式の世界ランキングでは俺たちがトップだった。予選突破できるのは上位2チームだから、まあ抽選に恵まれたといえるだろう。
 第1試合の対戦国は世界ランクが1番下のチームだ。勝てば予選突破に大きく前進できる。気持ちの上でも優位に立てる。
 俺たちは1点を先取した。何とか逃げ切れると思った残り10分で同点に追いつかれた。そこからは一体何が起こったのか、俺にもよく分からない。更に2点を取られ、3−1で敗れたのだ。まさに魔の10分間だった。
 勝って優位に立てると思っていたところでの敗戦で、逆に崖っぷちに立たされた。勝ち負けが同じだった場合は、得失点差で順位が決まるから2点差負けというのが大きかった。
 それでも気を取り直して、俺たちは第2戦に臨んだ。結果は0対0のスコアレスドロ−だった。第1戦で俺たちに勝った国は優勝候補の国に負けたから、順当に優勝候補国の予選突破が決定し、残りの3チームに2位の可能性が残った。
 ただ俺たちが決勝トーナメントに進むには、最低でも優勝候補に2点差以上で勝たなければならないのだった。
 そして俺たちは負けた。まったく歯が立たなかった。相手は決勝トーナメント進出が決定しているので主力選手を温存した。決勝戦でベストの状態になるよう調整していると公言していた。それでも大人と子供だった。
 俺たちのレベルはまだ世界レベルには達していなかったということだ。俺たちの夢舞台は終わった。−−そして俺は見てしまった。
 試合後のロッカールームで、相手のチームのエース選手が、彼は現在の世界一の選手と言われている。飛んでいた虫に向かって舌が1メートルほど伸びて、虫を捕まえると食べてしまった。
 隣にしたエースストライカーで今大会の得点王の最有力候補の選手の目が50センチほど飛び出すのを。
 彼らの凄さに、とても同じ人間とは思えなかったが、まさに彼らはただの人間ではなかった。化け物か宇宙人である。
 だったら俺たちが勝てないのも当然だ。俺たちだけではない。誰も彼らには勝てないだろう。俺は驚くよりも納得した。
 彼らの優勝は間違いないと思っていた。ところが、決勝戦で彼らは負けた。あの怪物を上回るとんでもない選手がいたのだ。まるで機械のような正確無比なテクニックと圧倒的なパワーを持った選手が彗星のごとく現れたのだった。サイボーグというニックネームのついた彼の大活躍は、あの化け物たちを粉砕した。
 俺は今後のために負けた後も開催国に残って試合を見続けていた。そしてまたも見てしまったのだ。サイボーグと呼ばれた彼が、試合後のロッカールームで、胸の一部をパカッと開けてオイルを補給しているのを。彼はサイボーグだったのだ。
 俺は4年後のワールドカップで勝てる気がしくなった。

                             了


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