Vol.95   雨

 冷たい雨が降っていた。朝、天気予報を気にしている暇はなかった。そんなことを気にしていたら会社に遅刻してしまう。社会人になってもうすぐ10年だが、朝が苦手な僕の生活習慣はまったく変わっていない。
 外に出たら確かに雲行きが怪しかった。でも傘を取りに戻る時間はなかった。梅雨時だから、折り畳みの傘を鞄に入れておけばいいものだが、それが面倒臭いのだ。
 そのために駅で雨宿りをする羽目になった。一人暮らしマンションまで歩いて5分ほどだ。少しくらいの雨なら走って行ってしまうのだが、雨足が強く、傘なしでは辛かった。コンビニで傘を買ってもいいのだが、ほんの5分のことでわずか数百円が惜しい気がする。迷っている間にも雨は弱まっており、小降りになれば走っていこうと思っていた。
 僕は駅の階段を降りたところに立っていた。他にも数人の人が雨宿りをしている。道を隔てた向こう側にはコンビニがある。その店先にも何人かの人が立っていた。そこに一人の少女がいた。やはり雨宿りをしているのだろう。彼女とふと目が合った。夜8時だ。まだ小学校の1、2年生という感じだったから、こんな時間にと思って気になって見ていたのだが、あまりじっと見つめて変に思われても困るので、すぐに目をそらした。
 雨はもう小降りになった。これなら大丈夫だ。雨宿りをしていた人も駅を離れていく。僕も小走りに家路についた。
 それから1週間後、僕はまた駅で雨宿りをする羽目になった。本当に折り畳み傘を鞄に入れておけば済むことなのだかれど。
 また向こう側にいる少女と目が合った。先週の少女とよく似ている気がして目に止まったのだが、今日の少女は小学校の5、6年生という感じだから別の少女だ。もしかすると姉妹かもしれない。
 そしてその3日後、また駅で雨宿りをしていると、中学生の少女と目が合った。不思議なことに前に見た少女とよく似ていた。三姉妹なのだろうか。
 ここまではまだあり得る話しなのだが、この年の梅雨は更に不思議なことがあった。その後2回、駅で雨宿りをすることになったが、制服を着た高校生の少女と大学生くらいの少女と目が合った。その2人も良く似ていたのだ。5人姉妹というのは今時、ちょっと考えられなかった。
 それから半年が経ち、年も変わった頃の雨の日、僕はこの日はたまたま傘を持っていた。駅前のコンビニの店先で、一人の女性が雨宿りをしていた。ふと目が止まり、もう忘れかけていた雨宿りの少女たちを思い出した。その女性は二十代の半ばというところだったが、少女たちに何となく似ていた。
 そしてその女性と目があった。僕は決してそんなことをするタイプではないのだけれど、彼女に声をかけていた。僕の傘で彼女の家まで送ることになり、それから交際が始まった。
 彼女は一人っ子だった。6人姉妹なんてことはないよね?ーー親しくなってから聞いてみたことがある。何行ってるの?ーーあっさりと笑い飛ばされた。
 彼女との交際は順調に進み、僕たちは結婚した。2年後に娘が誕生した。その娘も小学生となったある日、3人で外食に行った帰りに夕立ちにあった。駅で雨宿りをしているときに、娘がぼーっと遠くを見つめているのを見て思い出した。娘は、あのときの少女にそっくりだった。
 女房が娘に何か話し掛けていたが、娘は気づかない様子だった。この子、ときどき何処かを見つめてぼーっしているときがあるのーー女房はそんな娘の様子が心配なようだった。
 心配ないよ。きっと将来をしっかり見ているんだよーー僕は答えた。

                             了


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