Vol.94   凧上げ

 昔と比べて子供たちの遊び方も大きく変わった。走り回って遊べるような空き地がなくなったということもあるのかもしれない。現代の子供たちは外で動き回るのではなく、部屋の中でゲーム機で遊ぶのに夢中だ。メンコやコマ、凧上げをして遊ぶ子供などほとんどと言っていいほど見かけなくなった。
 昔はお正月といえば、凧上げと羽子板だったのだが。だから公園で凧上げをしている人を見たときは、すごく懐かしい気持ちになった。
 元旦といえども田舎には帰らず、一人暮らしのマンションで目覚めた私にとっては、ただの休日と何も変わりがなかった。そういえば正月らしさというものも年々薄れていくようだ。
 あり合わせの食材で食事をし、出していない人から来た年賀状の返事を書いて、ポストに投稿に行ったとき、通りかかった公園で、その人が凧上げをしていた。
 年は私と同じくらいで30代半ばだろうか。これといって特徴のない地味な人が、一人で黙々と凧を上げていた。そのときは、ただ懐かしいと思いながら通り過ぎただけだった。
 翌日、コンビニに買い出しに行ったときに公園を通りかかると、その人がまた凧を上げていた。余程暇なのか、凧上げが大好きなのか。今時、珍しい人だなあと思った。
 次の日は、その人が凧上げをしているかどうか気になって、用事もないのに公園に出かけて行った。その人はやはり凧を上げていた。近所の人が何人か集まっていた。やはり私の他にも彼のことが気になった人がいたのだ。
 翌日、私はもう会社が始まった。会社の帰りだから、もう夜だったが、公園に寄ってみると、その人はやはり凧を上げていた。次の日の朝、会社に行く前にも見に行ったが、やはりその人は凧を上げていた。
 近所の人から伝え聞いたのだが、何とその人は、毎日凧を上げているのではなく、元旦からずっと休みなしに凧を上げ続けているのだった。ここまで来ると、さすがに話題の人となり、彼の周りには多くの人が集まっていた。
 彼に話し掛ける人もいたが、彼は一切答えず、黙々と凧を上げ続けた。元旦に見たときは、空に小さく凧が見えていたが、今では肉眼で凧の姿を捉えることはできなかった。それほど高く上がっているのだ。
 翌日にはテレビ局が取材に来た。彼は近所の有名人に留まらず、全国的に有名となった。わざわざ彼の凧上げを見に、遠くからやって来る人もいた。それでも彼は黙々と凧を上げ続けた。
 ちょっとした騒動となった彼の凧上げだったが、1ケ月もすると、世間の興味も薄れたようだった。そればかりか、近所の人も彼のことを気にしなくなった。私も彼が公園で凧を上げているのは当然の風景に思えてきて、まったく気にならなくなった。
 そして春の気配を感じ始めるようになった3月のある日の夜、私は何故か寝付けなくて、気晴らしに外に出た。別に彼を見に行くつもりではなかったが、自然と公園に向かっていた。
 そして見てしまったのだ。空から円盤が降りて来るのを。彼は円盤に乗り込み、円盤は空の彼方へと飛び去って行った。彼の凧上げは円盤に対する何かの合図だったようだ。

                             了


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