Vol.93   ついてない男

 俺はついていない。やることなすことうまくいかない。もう本当にどうしようもない。最初からこんなだったわけではないのに。
 学生時代、成績は良かった。トップになったことはなかったけど、四番か五番だった。一浪はしたけれど、一流の大学に入り、一流の会社に入った。決してエリートではなかったけれど、仕事もそこそこうまくいっていた。
 まさかと思っていたが、会社が倒産したところからおかしくなった。世間にも名の通った一流企業だったのだ。将来は安泰だと思っていた。丁度バブルが弾けた時期だった。バブル時代に会社が手を広げ過ぎていたのが災いしたのだった。
 会社が倒産してすぐのことだった。学生時代から付き合っていた彼女にも振られた。性格もいい娘で、俺が仕事を失ったから振られたわけではない。もう理由もはっきりとは覚えていない。些細なことで喧嘩をした。会社が倒産して、苛ついていたのだろう。俺が悪かったのだと思う。
 それでも、俺は立ち直ろうと思い、新しい仕事を探した。ところが、次に入った会社も半年後に倒産し、その次に入った会社では、大きなミスをしてしまい、首になった。
 そこからはお決まりの転落コースだった。仕事に就いても長続きはしない。ギャンブルに手を出し、負け続け、借金が増えていった。サラ金のブラックリストに載り、今では借金取りに追いかけられる毎日だ。
 ポケットの中には二百円ほどの小銭が入っている。それが俺の全財産だった。家賃も半年ほど滞納している。今日は朝から何も食べていない。
 もう死のう。そう思った。俺の人生は何でこんなになってしまったのだろう。
「ちょっと待ちなさい」
 貧相なおじさんが話しかけてきた。こんな情けないおじさんにも俺が自殺しようとしていることが分かるのだろうか。
「人生は山あり谷ありだ。早まってはいかんよ」
 こんな貧相なおじさんに説教されるなんて本当に情けない。
「仕事がうまくいかなくたって、彼女に振られたっていいじゃないか」
 俺はこんなおじさんにも不幸な境遇にあることが分かってしまうのだろうか。そんなに落ちぶれた姿をしているのだろうか。
「この間の競馬は惜しかった。あと少しで万馬券だったのに。パチンコだって、隣の台に座っていれば、大当たりだったのに」
「どうしてそんなことを知っているんですか?」
 どちらも本当のことだったから、俺は驚いた。
「い、いや。まあ、ほんの少しずれただけだ。生きていればいいこともあるさ」
 ただの貧相なおじさんかと思ったが、何か不思議な力を持った人なのかもしれない。そう思うと何か神々しくも見えてきた。そんな人がいいことがあうと言っているのだから、もう一度頑張ってみようか。そんな気になった。

 あー良かった。あいつのところは居心地がいいからな。死なれてもらってはこまるんだ。えっ、私?私は貧乏神だよ。あいつに取り付いているんだ。

                             了


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