「あの子はどうしたんですか?」
新入りの看護婦はまだ事情を知らず、魂が抜けたようにぼーっとしている少年を奇異に思った。
「ああ・・・あなたも知ってるでしょ。キャンプに行った少年たちが殺されて、1人だけ助かったという事件があったでしょ」
「ええ・・・じゃあ、あの子がその少年・・・」
夏休みに山へキャンプに行った4人の高校生のグループが行方不明になった。予定の日になっても帰って来ない子供たちを心配して、親たちが警察に捜索いを出した。山奥で子供たちは発見されたが、3人は惨殺されており、ただ1人だけが無事だった。生き残った少年は、まったく怪我はなかったが、放心状態で言葉も話せなかった。余程のショックを受けたのだろう。
その少年がこの病院に入院していた。あれから1ケ月が経つが、未だに放心状態で、何の反応も示さない。体には何の異常も見られず、やはり精神的なショックが大きすぎたのだろうというのが医師たちの見解だった。このまま元の状態には戻れないのではないかとも言われている。
センセーショナルな事件だったから、マスコミはただ1人生き残った少年の話しを聞きたがった。少年が入院した当初は強引な取材に辟易したものだった。しかし、最近はマスコミもまったく現れなくなり、世間もこの事件を忘れてしまったようだった。
警察は事件の解明のため、また現場からは何の手掛かりも得られなかったため、少年の回復を待っているが、事件の真相は依然として闇の中だった。
「おい、こんなところで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。他の人がいっぱいいるキャンプ場じゃつまらないだろう?」
彼らは高校に入学して知り合った4人組みだった。何となく馬が合い、学校では常に行動を共にしていた4人組みだったから、初めての夏休みに皆で何処かに行こうということになった。2人がアウトドア好きで、中学の頃からキャンプなどをしていた。他の2人はキャンプは初めてだったが、誘われて面白そうだと思い、キャンプに行くことが決まった。
場所は経験者の2人が相談して決めた。山辺のキャンプ場だった。そしてそのキャンプ場に来てみたのだが、シーズン真っ只中ということで、大変な混雑だった。それでキャンプ地からもっと奥の人がいない場所に行こうということになった。適当な場所を見つけてテントを張った。
皆でカレーを作った。キャンプ初心者の2人にとっては、料理など初めてするようなものだった。決してうまく出来たとはいえなかったが、野外で自分たちで作った料理はおいしく感じられた。
夜になった。テレビもインターネットもない。ケータイも圏外だった。そうした文明社会から外れることがキャンプの楽しみである。少年たちはテントの中で集まって話しをした。スポーツのこと、芸能人の噂話し、女の子のこと。そして怪談話しになった。
「実はさ、この辺には出るんだよ」
「出るって何が?」
「決まってるだろ」
少年が手を胸の前に持っていき、だらりと下げて、お化けを示すポーズをした。
「また・・・」
「人に乗り移るんだ。そして他の人を殺すんだ」
「なんでそんなことするんだ?」
「友達に裏切られて殺された人の霊なんだ。人を恨んでいる。特に仲のいい友達同士を見ると、ぶち壊してしまいたくなるらしい」
「じゃあ、俺たち危ないなあ」
キャンプ場の夜に怪談話しはつきものだろう。少年たちは少し怖がりながらも楽しんでいた。
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「去年の夏にキャンプしていたグループが全員殺されたんだ。この近くだよ。ニュースで見なかったか?」
「なんでわざわざそんな場所に来たんだよ」
「面白いじゃないか」
「馬鹿言ってら。嘘に決まってるだろ、そんな話し」
「そうだよ。俺たちを怖がらせようとしてるんだろ?」
「いや、それは霊じゃないな。宇宙人だよ。そんな映画なかったっけ?」
そして夜は更けて、少年たちは眠りに就いた。
翌朝、とりあえず皆で朝食を作って食べた。
「おい、あいつの様子おかしくないか?」
1人の少年が、話しかけても上の空という感じで、まともに会話にならなかった。食欲もない様子で食事もほとんど手をつけなかった。その1人を残し、他の3人は食後の片付けをしていた。
「まさか、例の幽霊があいつに乗り移ったのかも・・・」
「馬鹿言うな」
とても信じられなかった。初めてのキャンプで体調を崩したのだろうと思っていた。しかし、他の2人がもっともらしく昨夜の話しを蒸し返したので、ほんの少し怖くなった。
釣りなどをして過し、夜になった。昨日と同様に皆で夕食を作った。様子がおかしい1人は依然として無口なままだった。話しかけても、録に返事もしなかった。そして・・・事件が起こった。
「わっ!何するんだよ!」
その様子のおかしかった少年が突然、1人の少年の背後から近づき、首を絞めた。他の2人が慌てて間に入り、少年を引き離した。
「まさか・・・」
幽霊が乗り移っているのだと思った。そうでなければこんなことをするはずがない。少年は再び別の少年に飛び掛った。飛び掛られた少年は夕食を作るため手にナイフを持っていた。それが悲劇の始まりだった。
恐怖にかられた少年は、反射的にナイフを突き出した。それが飛び掛った少年の胸に刺さってしまった。少年がうめいて倒れた。刺した少年の手にはナイフが残っており、ナイフの先は赤く血に染まっていた。
「おい」
他の少年が蒼白になった。
「冗談だったんだよ。お前を怖がらせようとしたんだ」
「昨夜の話しは嘘だったんだよ」
少年は恐怖に駆られ、パニック状態だった。友人の言葉など耳に入らなかった。
刺された少年がよろよろと立ち上がった。どくどくと血が流れていた。幽霊が乗り移っていると思い込んでしまった少年にとって、その姿はゾンビにしか見えなかった。更にナイフを突き出した。
他の少年が慌てて止めたが、間に合わなかった。そして3人ともにパニック状態となり、もみ合いとなった。
結局、ナイフを持った少年は他の3人を滅多刺しにした。3人がまったく動かなくなり、ようやく少年も動きを止めた。恐怖のあまり正気が失われていた。2度と正気を取り戻すことはなかった。
了