Vol.88   申請

 まったく嫌な世の中になったものだ。コンピューターだのロボットだの、何処へ行っても機械ばかりだ。若い人にとっては便利なのかもしれないが、私のような年寄りには何もかもがチンプンカンプンだ。
 コンビニエンスストアに行って−−コンビニエンスというのは便利という意味らしいが、何処が便利なものか−−弁当一つ買うだけでも厄介なことこの上なかった。
 対応してくれるのは人間ではなく、ロボットだ。それでも、幕の内弁当を一つくれ−−で話しが通じるのならいいのだが、ロボットはただいるだけで、コンピューターを操作しなければ物が買えない。弁当の種類、カロリー数、暖かさ、その他、すべてボタンを操作して、やっと商品が買えるのだ。
 店で物を買うだけでそんな調子なのだ。ましてや役所に申請をしに行くとなれば、どれだけ苦労するものか、覚悟はしていた。しかし、実際のところは、想像以上に大変なことだった。
 まず近所に買い物に行くのと違い、役所に行くには電車に乗らなければならない。これが大変な苦労だった。切符の買い方が分からない。どの電車に乗ればいいのかが分からない。何処で降りればいいのか分からない。
 朝早く家を出たのに、迷いながら、駅員ロボットに尋ねながら−−これがロボットだからなかなか会話がかみ合わない。それでも物を聞けるだけありがたいことなのだと思うことにした。−−ようやく役所にたどり着いたのは夕方で、もう受付は終了していた。
 昨日一日はそれだけで終わってしまった。そして今日、少しはコツがつかめて、それでも何回か迷いはしたが、昼過ぎには役所に着くことができた。
 そうそう、その前に、申請書を書くのがまた一苦労だった。申請書の空欄を埋めるわけだが、役所の書類というのは、いつの時代も無理に分かりにくくしてあるのではないかと思えるようなもので、書き終えるのに3日もかかった。パソコンの文書ソフトを使えば、申請書などすぐに作ってくれるというが、私にその操作が分かるはずもない。
 不備なく申請書が書けているという自信はまったくなかった。少しでも不備があれば受け取ってくれないだろう。また何度かで直すことになるのは覚悟している。
 とりあえず、役所の入り口まで来れただけで、第一歩を踏み出したに過ぎない。先はまだ長い。気長に行こう。そう思っていなければやってられない。
 さて、早速、何処へ行けばいいのか分からなかったが、ここにも案内ロボットはいて、聞きながら、かみ合わない会話をしながら、何とか申請窓口にたどり着いた。
 しかし、案の定、申請書に不備があったようだ。それくらいのことでめげている場合ではない。私は新しい申請書をもらい、書き直すために役所の入り口まで戻った。
 案内ロボットに、申請書は何処でもらえばいいのか尋ねた。
「何の申請でしょうか?」
 ロボットに言われてハッとした。
「はて、何の申請をしようと思ったのだったろう?」

                             了


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