Vol.76   平和な町

「やあ、おばあちゃん、元気かね?」
 私はいつものように自転車で通りから声をかけた。おばあちゃんは畑仕事をしながら、笑顔を返す。
 物騒な世の中になったと言われるが、それは都会での話しだ。この村は昔も今もまったく変わりがない。いたって平和だ。
 村の人は、駐在員の私が毎日真面目にパトロールに励んでいるおかげで村の治安が保たれていると言ってくれる。この間は表彰までしてもらった。
 しかし、そんなことはない。私の力はたかが知れている。私はただやるべき仕事をしているだけだ。この村が田舎で、住む人たちもが素朴で純粋な人ばかりだから平和なのだ。
「駐在さん」
 パトロールを終え、駐在所に戻った私を待っていたのは、あの女の子だった。
「よう。お父さんから連絡はあったかい?」
「まだ、ないの。駐在さんのところに何か連絡が来ていないかと思って」
「そうか、心配だなあ」
 彼女の父親が行方不明になって3日目になる。犯罪のまったくない村だが、ごくたまに行方不明になる人がいる。何もない村だから、退屈になって町に出て行くのだろうと思われるが、娘である彼女にそんなことは言えなかった。
「特に連絡はなかったがなあ。ちょっと町の方にも聞いてみるから。お茶でも飲みながら待っててな」
 彼女に言い残し、私は部屋に入った。この駐在所は私の職場兼住居である。駐在所の奥には私の部屋がある。暑い中、自転車をこいで汗をかいたのでシャツを着替えることにする。
 身支度を整え、部屋を出た。彼女の姿はなかった。退屈して帰ってしまったのだろうか。ほんの数分のことがったが、何せ子供のことだから待ちきれなかったのかもしれない。
 駐在所の裏で物音がした。彼女は帰ったわけではなかったのだ。退屈して表に出たのだろう。私も慌てて表に出て、駐在所の裏に回った。
「これは何?」
 彼女が無邪気な表情で言った。まだ気づいていないようだ。しかし、まずいものを見られてしまった。
 彼女の父親を埋めようとして、地面を掘り返しておいたのがいけなかった。少し土をどけると以前に埋めた人の骨が見えてしまうのだ。
 私は辺りを見回して、ピストルを取り出した。
 この村ではまったく犯罪が起きない。私が犯罪者を排除しているからだ。時には被害者や目撃者もまとめて処分している。だからこの村には何材がない。

                             了


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