Vol.74   強い男

 彼は今日もトレーニングに余念がなかった。腕立て伏せ、腹筋運動、ヒンズースクワットの準備運動、ランニング、そして格闘技の実践練習。柔軟体操も忘れられない。年に1度の大会が迫っている。絶対に勝ち抜かなければならないのだ。
 男は誰でも大会に参加する。ルールは、武器を使うこと、目つぶしと金的攻撃、それだけが禁止で、他は何をしてもよい。ただ相手と闘って勝てばいいのだ。トーナメントを勝ち残り、最後の一人となるまでに何人の男を倒せばいいのだろうか。
 もちろん非常に危険な闘いである。怪我をする者、命を落とすものも多数いる。それでも男たちは、この大会のために日々修練を重ね、参加する。奴隷である男たちが、今の最低の生活を抜け出すには大会に優勝するしかないからだ。
 優勝した後も闘いの日々は続く。王者として挑戦者と闘い続けなければならない。負ければ終わりである。しかし、奴隷の生活を抜け出し,貴族の一員となれるのだ。女たちにももてる。勝ち続けさえすれば、金と名声を手にし、一生暮らせるのだ。
 伝説の強者と呼ばれた男がいた。30年前、大会に優勝し、その後20年の間、王者として勝ち続けた。そして無敗のまま突然として姿を消した。10年前のことだ。その後の大会の優勝者は。挑戦者に敗れたり、闘いで怪我をしたり、命を落としたり、不幸な最後となっている。
 誰もが、自分は敗れて消えていった王者とは違う。20年間勝ち続けた伝説の強者になれると信じて大会に参加する。
 彼は実際、伝説の強者の再来と噂されていた。生まれながらに恵まれた体格と運動神経。子供の頃から喧嘩に負けたことがなかった。いくつもの格闘技の道場に通ったが、どこでも1番になった。技術も身につけた。今年の大会の優勝候補ナンバー1だった。
 しかし、油断はなかった。最後まで勝ち抜くには怪我をすることも許されないし、優勝したい気持ちは誰もが同じで、相手がどんな卑怯な手を使ってくるか分からない。
 そして大会当日を迎えた。彼は順調に勝ち進み、優勝した。圧倒的な強さだった。優勝者として貴族の仲間に入り、王者として挑戦者を退け続けた。多額の富みを得て、最強の男として貴族の美女たちの憧れの的となった。
 20年間、無敗を誇った。体力の衰えは隠せなくなってきたが、その分、経験を積んできた。そして今も修練に怠りがない。
 ある日、一人トレーニングに打ち込む彼の前に一人の老人が現れた。
「あ、あなたは・・・」
 その老人は、かつて伝説の強者と呼ばれた男だった。年老いたとはいえ、その眼光の鋭さに変わりはなかった。
 闘う男同士、言葉はいらなかった。彼は伝説の強者と呼ばれた男と闘うことが夢だった。老人も自分の再来と呼ばれた男と闘うために現れたのだ。
 しかし、老人はの取った行動は不可思議だった。ゆっくりと地面に座ったのだ。彼は身構えた。一発蹴りを打ち込めば勝負は決まる。
 それが分かっていても彼の体は動かなかった。そうしてどれくらいの時間が立っただろう。遂に彼は耐えきれなくなった。
「参りました」
 がっくりとひざまずいた。彼が生涯に喫した初めての敗北だった。
 そして彼は突然と姿を消した。老人に勝利するために更なる修行を積むためだ。老人が生きているうちに修行が終わるかどうか分からない。その間に新たな強者が現れるかもしれない。とにかく彼はもっと強くなりたいだけだった。

                             了


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