Vol.71   小人

 いや、本当なんだって。小人だよ。小人。ちっちゃな侍だよ。ちょんまげもして刀も持ってるんだ。そうだな、親指くらいの大きさかな。戸棚の隅から出て来たんだよ。本当だって。俺も自分の目を疑ったよ。でも見間違いじゃないんだ。夢を見てたわけじゃない。そうだよ、酔っぱらってもいなかった。その小人の侍と目が会ったんだ。一瞬、動きが止まったね。向こうもビックリしてたよ。すぐに戸棚の裏に走って行ってしまったよ。それきりだ。もう二度と出て来なかったけど。戸棚の裏も調べてみたさ。穴なんて空いてなかったよ。不思議だよ。俺も信じられないくらいだ。でも本当なんだって。
 小人の侍を見たという話しは、誰に話しても信じてもらえなかった。だからその後にあった、もう一つの不思議な体験も、誰も信じてくれないだろう。自分でも訳が分からないのだ。だから誰にも話していない。
 会社の帰りだった。急に仕事が忙しくなり、残業で終電になった。酒はもちろん飲んでいなかった。疲れてはいたが、まったくのしらふだった。駅から家までは歩いて十分くらいだ。あまり都会ではないので、道は暗い。女性だったら怖いだろうが、俺にとってはどうということはない。何年も通っている道だ間違えるはずはない。しかし、なぜか来たことのない道に出てしまった。真っ暗な一本道だった。向こうに明かりが見えていた。不思議だった。そして怖かった。とにかく明かりの方に行ってみるしかかった。
 突然明るい場所に出た。そしてふと見上げると、大きな侍が立っていた。何十メートルもある巨人だった。侍と目があった。俺もびっくりしたが、向こうもびっくりしているようだ。一瞬、動きが取れなかった。そして、慌てて来た道を走り戻った。気がついたら家の前に着いていた。
 その頃、ある国のある時代で・・・。  いや、本当でござる。小さな人でござった。大人のくせに、ちょんまげも結わず、ざん切り頭で、足が二つに別れた変な袴をきて負った。着物も変な形をしておった。首に変な紐のようなものを巻いておった。親指くらいの大きさでござった。突然、物陰から出て来たのでござる。目が合って、慌てて逃げて行きおった。
 やはり、誰も信じてはくれなかった。だから、彼がその後にした不思議な体験、道に迷って、変な所に迷い込み、大きな人間を見たことは、誰にも話さなかった。

                             了


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