彼は本が大好きでした。本を読んでいると、いろいろなことが体験できるのです。世界中のあちこちに行った気になれし、たくさんの人にあった気になれます。まだ小学三年生の彼は、他の同年代の子供たちより多くの知識を持っていました。でも、残念なことに彼の知識は、本から得た知識に過ぎませんでした。実際に体験したことではないのです。彼は生まれた時から難しい病気で、外に出ることが出来ませんでした。家の部屋の中と病院の中でしか過ごしたことがありませんでした。学校にすら通ったことがないのです。ベッドの上で本を読むのが彼の唯一の楽しみでした。
中でも彼には大好きな一冊の本がありました。今はもう亡くなってしまったおじいさんからもらった古い本です。とても優しいおじいさんでした。彼は病気で外に出ることができませんでしたから、何度かしかあったことがありませんでしたが、彼はおじいさんのことが大好きでした。そのおじいさんが、そのまたおじいさんからもらった本を彼にくれました。だからとても古い本で、もらった時にはもうボロボロでした。それでも彼はその本をとても大事に読みました。
今も彼は病院のベットでその本を読んでいます。もう何度目の入院になるのか、彼は覚えていませんでした。それほど何度も入院退院を繰り返しているのです。もう半年以上も家に帰っていません。今回の入院は今まででも一番長くなっていました。体調も優れませんでした。
そんなとき、彼はおじいさんにもらった本を読みます。彼と同じ年くらいの少年が世界を旅して悪者をやっつける話しです。とても優しいお姉さんが少年を助けてくれます。彼はそのお姉さんが大好きでした。とても美しく、そして優しく微笑むお姉さんの挿し絵も大好きでした。もう何度もその本を読んでいますが、読むたびにドキドキ、ワクワクする気持ちに変わりはありませんでした。
お話はいよいよラストを迎え、少年と悪者の最後の対決のときを迎えました。少年は何度も負けそうになりますが、決してあきらめず、遂に悪者を倒しました。彼も踊りだしたくなるくらい嬉しくなってしまいます。もちろん踊ることはできません。そんなに体を動かす体力は彼にはかいのです。
少年が故郷に帰ると、優しいお姉さんが迎えてくれます。それでお話は終わりです。彼はとても満ち足りた気分になりました。そしてすごく眠くなりました。いつもこの本を読むと、元気になった気がするのですが、今日はなんだかとても眠くなりました。
そこへ看護婦さんが入って来ました。優しく微笑み、ふとんをかけてくれました。その看護婦さんはいつもの看護婦さんではありませんでした。何と、本の中に出て来る優しいお姉さんだったのです。まさか、と彼は思いました。しかし、挿し絵とまったく同じ、美しく優しい笑顔はまぎれもなく、あの本に出て来るお姉さんでした。
「おやすみなさい」
お姉さんは彼が初めて聞く優しい声で言ってくれました。
「おやすみなさい」
彼も小さな声でいいました。もっとお姉さんと話しをしたかったのですが、とても眠かったのです。
優しいお姉さんの看護婦さんに笑顔で見守られ、彼は満ち足りた気分で眠りに就きました。
了