Vol.68   悩み

 彼は悩んでいた。誰にも相談などできるはずがなかった。本やインターネットでいろいろ調べてみたが、こんなおかしな現象は何処にも出ていなかった。医者に行くわけにもいかない。こんな病気は聞いたことがない。
 初めは小さな芽だった。いや芽であるとも気づかなかった。頭の天辺に何かおできでもできたのかと思った。痛くもなく、たいして気にせず眠ったら、次の朝には芽が出ていた。ちょっと引っ張ってみたが、抜ける気配はなかった。無理に抜いてしまうのも怖い気がして、そのままにしておいたら、翌朝には花が咲いていた。
 ごく小さなもので、帽子を被って誤摩化せた。サラリーマンだと常に帽子を被っているわけにもいかないが、幸い彼は大学生だった。
 そして1週間が何とか無事に過ぎた。頭の上の花はまったく変わりなかった。彼は思いきってハサミを手にした。それでもしばらく迷ったが、やはり決心して、花を切り落とした。まったく痛みはなかった。彼はホッとして眠った。
 翌朝、鏡を見て、彼は唖然とした。また花が生えていのだ。仕方なく、また帽子を被って出かけた。
 1度切ってしまえば、もう怖くはなかった。何度か切ってみたが、次の日には花が咲いていた。そうこうしているうちに更に1週間が過ぎた。
 彼のもっかの悩みは、付き合っている彼女が、最近、彼がいつも帽子を被っていることを気にしている様子なことだ。
「どうしていつも帽子を被っているの?」
 そして遂に聞かれてしまった。レストランで一緒に食事をしていたときだった。会う前から覚悟は決めていた。もし、尋ねられたら、すべて正直に話そうと思っていたのだ。
「実は・・・」
 彼は帽子を取った。
「嘘、信じられない」
 彼女が絶句した。彼は振られると覚悟した。
「実は私も・・・」
 しかし、彼女は意外な行動を取った。髪の毛をかき分けると、そこから彼と同じ花が現れた。
「あの、すいません。つい話しを聞いていたのですが・・・」
 近くにいた客が彼らのテーブルに近付いて来て、帽子を取った。その人の頭にも花が咲いていた。
 ウエイトレスもやって来て、髪の毛をかき分けると花が咲いていた。コックもやって来て、帽子を取った。花が咲いていた。
「全国各地で頭から花が生えている人が見つかっています・・・」
 テレビのニュースでアナウンサーが言った。

 それから1ケ月、一人の男が悩んでいた。
「何で俺には花が生えてこないんだろう?」

                             了


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