Vol.67   スラッガー

「騙されたと思って使ってみて下さい」
 陰気な中年男だった。もちろん見も知らぬ男だった。こんな男がそんな優れたバットを作れるわけがない。そもそも、どんな投手のどんな球でも必ず打てるバットなど存在するはずがなかった。
 ただ、確かになかなか良さそうなバットではある。触ってみた感触も悪くなかった。そう、騙されてもともとだ。一度使ってみて駄目だったらやめればいい。そう思った。
 彼はプロ野球の人気球団の4番バッターだ。昨年はホームラン王だったし、打率も首位争いをした。今年は三冠王も狙えるといわれていたし、ここまでいい成績を残していた。チームも彼の活躍で首位争いをしている。
 それでも、彼としてはさらに上を目指していた。三冠王を獲得して、優勝して、来年はメジャーリーグに挑戦したいのだ。だからそんなバアトがあるなら是非、使ってみたかった。
 驚いたことにバットは驚異的な威力を発揮した。いきなり10打席連続ヒットを記録した。うち3本がホームランだ。ファインプレーでヒットを1本損した後も3打席連続ヒットだった。さすがに勝負してもらえず、フォアボールが多くなったが、勝負してもらえれば必ずヒットだった。

「一体どういうことだ?!」
 彼に魔法のバットを渡した陰気な男が責められていた。
「彼は絶好調じゃないか。チームも絶好調だ。俺が言ったことが分かっているのか」
「もちろんです。もう少しの辛抱です。今、好調なほど効果も大きいのです」
 陰気な男は4番バッターを不調にし、チームを負けさせるように頼まれていたのだ。

 4番バッターの連続安打記録が止まった。バットを折りながらレフト前ヒットを打って以来、彼のバットから快音がピタリと消えた。
 そのシーズン、遂に彼は不調から脱することはできなかった。チームも成績を落し、優勝を逃した。その不調の理由が、どんな球でも打てる魔法のバットを折ってしまったことにあるとは誰も知らなかった。

「よくやってくれた」
 男は彼のライバル球団の大ファンなのだ。陰気な男に莫大な金を渡して、調子を落とさせるように頼んだのだった。
「しかし、一体どうやったんだ?」
「簡単ですよ。一本のバットを渡しただけです。もちろん何の変哲もない、だたのバットですよ」

                             了


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