Vol.64   代償

 ポケットをたたけばビスケットが1つ、もう1つたたけばビスケットが2つ・・・そんな歌を思い出した。それほどお腹が空いていたのだ。そしてポケットを探ったら、ビスケットが出てきた。
 この上着のポケットにビスケットなぞというものが入っているわけはなかった。しかし、そんなことはどうでも良かった。こうしてビスケットが出てきたのだ。俺はビスケットを貪り食った。
 しかし、もう3日も飲まず食わずなのだ。ビスケット1つで満足できるものではない。もう1度、ポケットの中を探ったら、またビスケットが出てきた。
 後から後からビスケットはきりがなく出てきた。俺はひたすら食べつづけ、ようやく人心地がつけた。何でポケットからビスケットが出てくるのかという疑問も浮かんだが、それよりも、もっと他のものも食べたいという思いの方が強かった。ポケットを探ったら、1万円札が出てきた。
 そのお金で食べたいものをたらふく食べた。ようやく満足して、さて、何でポケットからビスケットやらお金やらが出てきたのだろうと思った。もちろん理由など分からなかった。
 それからというもの、ポケットからはいろいろなものが出た。物だったり、お金だったりしたが、それは常に俺に必要なものが必要なときに出てきた。
 1枚の切符が出てきて、電車に乗ったことがもとで、無職だった俺が、まともな仕事に就くことができた。仕事の上でもポケットから出てきたものに何度も助けられ、出世していった。
 遂には自分で事業を興し、大成功を収めた。競馬の万馬券、当たりの宝くじが出てきたこともある。俺は億万長者になった。
 好きな女性ができたときは、彼女が大好きなミュージシャンのコンサートのチケットが出てきた。とても人気があり、なかなか手に入らないチケットだ。それがもとで彼女と結婚した。2人の子供にも恵まれ、俺の人生はまさにバラ色だった。
 そんなある日、ポケットから1枚の紙が出てきた。
 ご利用ありがとうございました。契約期間が終了しましたので、代金のお支払いをお願い致します。代金は・・・そこには俺が稼いだ全財産を投げ打っても足りないくらいの金額が記されていた。
 そこから俺の転落が始まった。事業に失敗し、会社は倒産。妻とも離婚した。俺はまたもとの無一文に逆戻りそた。いくら探ってもポケットからは何も出てこなかった。
 そしてもう本当になすすべがなくなり、途方に暮れていたとき、ポケットから1枚の紙が出てきた。
 領収書。ご契約の代金、確かに全額受け取りました。ご利用ありがとうございました。・・・そう書いてあった。
 このポケットは一体何だったのだろう?そして俺の人生は一体何だったんだろう?俺は本当に途方に暮れた。

                             了


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