Vol.63   まあるいキャンディー、まあるい地球

 うららかな昼下がり、私は公園のベンチに座り、ぼんやりとしていた。女の子が一人で元気に走り回っている。そして勢い余って転んでしまった。ワーッと泣き出した。ひざを擦り剥いて、血が滲んでいた。
 私は少女のもとに走り寄った。両親は近くにいないようだった。
「だいじょうぶかい?」
 優しく声をかけたが、少女は泣き止まなかった。
「ほら、これをあげよう」
 私はポケットから一粒のまあるいキャンディーを取り出した。
 少女はいぶかしげに私を見た。見知らぬおじさんから物をもらってはいけないと親から言われているのかもしれない。それでも、私が手を前に出し、笑顔で促すと、少女は恐る恐るという感じで、キャンディーを取った。
「おいしいよ」
 私が笑顔で言うと、少女はゆっくりとキャンディーを口に入れた。まだ頬のところに涙が流れていたが、もう泣き声は上げていなかった。
 私はキャンディーをもう一粒取り出すと、自分で食べた。少女にあげたのと同じ、まあるい水色のキャンディーだ。
「地球もまあるくて、水色なんだよ。このキャンディーみたいに」
 私が微笑むと、ようやく少女も笑った。
「まあ、どうしたの?」
 少女の母親がやってきた。
「転んだ」
 少女が応えた。
「おじちゃんにあめをもらったの」
 その時、母親は初めて私の存在に気づいたようだった。
「まあ、すいません」
 母親は一応という感じで、私に会釈すると、少女を立たせた。手を引かれて公園を出て行く少女がこちらを見たので、私は笑顔で手を振った。少女も手を振りかえしてくれた。
 私が丁度、あの少女くらいの年だった頃だ。迷子になって、母親を捜し、泣きながら歩いていた。記憶は定かではないが、丁度今の私くらいの年齢だと思う。一人のおじさんが、キャンディーをくれたのだ。まあるい水色のキャンディーだった。
「地球もまあるくて、水色なんだよ。このキャンディーみたいに」
 おじさんはそう言って笑った。もうそのおじさんの顔など覚えていない。どんな服装だったかも忘れてしまった。ただそのキャンディーが甘くておいしかったことが記憶に残っていた。
 以来、私は水色のキャンディーが大好きになった。常に持ち歩くようになった。そして、泣いている子供を見ると、キャンディーをあげた。
 男の子や女の子、外人の子供もいた。いちいち数えているわけではないが、もう何百人という子にキャンディーを渡していると思う。
 私は家に帰って、テレビをつけた。ブラウン管に総理大臣の顔が写った。そういえば今日は、最近関係が悪化している隣国の国家主席との首脳会談があったのだった。会談の結果によっては、最悪の場合、戦争が起きるのではないかとまで言われていた。
 しかし、首相はインタビューに笑顔で答えていた。
「昨日の夜、何故か、小さい頃に一粒のまあるい水色のキャンディーをもらったことを思い出したんだ。地球もまあるくて、水色なんだよと言われてね。それで、今日、主席と会談したときに、水色のまあるいキャンディーを渡したんだ」
「私も子供の頃にそのまあるい水色のキャンディーをもらったことがあります。やはり地球もまあるくて、水色なんだよと言われました」
 記者の一人が言った。
「そうか、主席も同じ経験があると言っていたよ。おかげで話しが友好的に進んでね。まあるい地球に住んでいる者同士、お互いに今までのことは忘れて、協力していこうということになった。まあるい水色のキャンディーが、我が国を救ったかもしれないね」

                             了


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