Vol.59   良薬口に苦し

「いったい、どうなっているんだ?!」
 社長の怒声を聞いて、宣伝部長の胃がキリキリと痛んだ。週に1度の経営計画会議が、宣伝部長の悩みの種だった。
 製薬会社であるS社の主力製品の1つに栄養ドリンクがある。栄養ドリンクを初めて発売したのはライバルのT社だった。これが当たって、S社も同様の商品を出した。今や、すべての製薬会社が同じようなドリンクを発売している。
 栄養ドリンクなどというものは、どの会社のものも成分に大差はない。だから売上はどこも似たり寄ったりだった。ところがS社のドリンクだけが、売れていないのだった。
 T社に遅れをとったものの、発売当初は順調な売れ行きで、T社を圧倒していた。しかし、売上はどんどん落ち込み、今ではダントツの最下位だった。
「品質的には何の問題もありません」
 製造部長が言った。研究所には優秀なスタッフが揃っている。他の薬品にしても商品として他社に品質が劣っているということはなかった。栄養ドリンクだけ品質が悪いなどとは考えられなかった。
「薬局への営業活動も順調です」
 営業部長が言った。S社は大手の製薬会社だから、栄養ドリンクも他社の大手と同様の数だけ納品し、同じように陳列されている。ただ消費者が買ってくれないのだ。何故かはまったく分からなかった。
 社長の視線が宣伝部長に向いた。
「宣伝が悪いんじゃないかね」
 宣伝部長は身が縮む思いだった。製造部長や営業部長のように先回りして何か言っておくべきだったと思ったが、もう遅かった。彼のいささか人の良すぎる性格が災いしているのだった。
「販促イベントも実施していますし、CMの好感度も悪くありません」
 冷や汗を流しながら、それでも何とか発言をした。
「インパクトが足りないんじゃないか?」
「製品としてはどこも同じようなものだから、広告で差別化を計るしかないんじゃないか?」
 営業部長と製造部長がここぞとばかりに発言した。
「イメージキャラクターには人気女優のMを起用しています。ただ他社も同じように人気タレントを使っていますから・・・」
 宣伝部長の声は弱弱しかった。宣伝にインパクトを求めても限界がある。どんな人気タレントを使っても他社も同じように有名タレントを使う。
「とにかく、来週までに画期的な広告の案を考えて来い」
 社長の一言ですべてが決まった。
 宣伝部長は自席に戻ると宣伝部員を集めめずらしく怒鳴り散らした。
「3日以内にインパクトのある宣伝の企画書を提出しろ!」
 部員たちは普段は温厚な部長の剣幕に驚き、必死で企画を考えた。しかし、これだけ情報が行き届いた時代にインパクトのある宣伝などそう簡単に作れるはずがなかった。第一、栄養ドリンクの売上が落ち始めたのは最近のことではない。今まで何もしなかったわけではないのだ。いろいろと思案し、手を打ってきた。それでも売上は落ちる一方なのだ。あまりのストレスに怒鳴ってはみたものの、営業部長にもそんなことは分かりきっていた。

 S社の研究所長は大変優秀な技術者だった。栄養ドリンクについても他者の製品など問題にならないくらいの品質の製品を開発した自信を持っていた。
「栄養ドリンクが売れないって。そんなはずはないんだがなあ。あの栄養ドリンクの効果は10年はあるはずだから、他の社のドリンクなど問題にならない品質なんだがなあ。もっと改良して20年、いや30年もつようにしないといかんなあ」
 優秀な技術者というのは世情に疎いもので、消費者は、10年も効果がもつものは10年経たなければ新しく購入しないということに気づいていなかった。

                                  了


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