Vol.46   かくれんぼ

「次のニュースです。かくれんぼをしていた45歳の会社員が、隠れていた冷蔵室の中で凍死しました」
「これでかくれんぼによる死亡者は3人目ですね」
「かくれんぼ症候群は今や社会現象となっていますが、この現象にはいったいどんな背景があるのでしょうか?」
「そうですね。長引く不況で最もストレスを受けていると思われる中年の男性に見られる現象ということを考えると・・・」

「馬鹿馬鹿しい」
 私はテレビから流れるニュースをあきれながら眺めていた。かくれんぼ症候群という言葉は毎日のようにニュースで流れているから、もちろん知っていた。40代から50代の男性がかくれんぼをするという現象だ。
 はじめは勤め帰りや休みの日に飲み仲間やゴルフ仲間が集まって、まるで子供のようにかくれんぼをし始めた。それが、だんだんエスカレートし、仕事をさぼってまでかくれんぼで遊ぶ大人が現れ、先ほどのニュースのように事故を起こすまでになった。
 今時、小学生でもかくれんぼなどして遊ばない。この現象は中年の男性に限られていた。かくれんぼ症候群と呼ばれ、社会問題になっても、その状態は変わらなかった。若い人たちからは、いい大人がかくれんぼなんかとますます馬鹿にされた。それでも中年男性のかくれんぼは止まらなかった。
 会社では上司に怒られ、部下の若い奴等には煙たがられ、家に帰っても女房や子供に相手にされず、そんな同世代の自分としては、楽しかった昔に戻りたいという彼らの気持ちもわからないではなかった。しかし、ここまでいくと異常である。とても理解できなかった。

 いつものように出社した。通勤電車の混雑はいつものことだ。女房が見送りに出てこないのもいつものことだった。そしていつものように仕事をしていた。パソコンというものに今だに馴染めずにいるが、パソコンを操作できなければ仕事にならないという世の中だ。たどたどしい手つきでキーボードを叩き、メールをチェックした。

件名:無題
本文:かくれんぼするものこの指止まれ!

 メールが目に飛び込んできた。差出人は同期入社の男だった。ここ最近は会っていなかったが、確か経理部長をしているはずだ。宛先には自分の他に同期の仲間が並んでいた。

件名:RE:無題
本文:はーい!

 すぐに別のメールが舞い込んだ。かくれんぼの誘いに対する返信が宛先の人全員に送られたものだった。
 次々と参加の返信が送られてきた。そして私もいてもたってもいられなくなり、参加の返信を打った。

件名:RE:RE:無題
本文:100数える間に隠れて下さい。

 私はすぐに席を立って、隠れ場所を捜した。心の中で100を数えながら、社内を駆け回った。こんなにワクワクした気持ちになったのは本当に久しぶりだった。応接室のソファの下に身を隠した。必死になって笑いを堪えた。

「○○くん、みーっけ!」
 遠くで声がした。ああ、あいつ見つかりやがったか。馬鹿なやつめ。楽しくてしかたがなかった。

 どれくらい経っただろうか。1度、このかくれんぼの提案者であり、鬼である同期の経理部長が応接室に入って来た時はヒヤッとしたが、中を見渡しただけで出て行ったので、私が隠れていることには気づかなかった。もしかすると他の者はもう見つかって、私が最後かもしれない。そう思うと笑いがこみ上げてきたが、慌てて堪えた。

「部長、何処に隠れているんですか?」
「S社の方が見えてますよ」
 そうだった。大事な取引先との商談があったのだ。営業部長の私が出席しないことには話しが始まらない。私は体を起こしかけたが、すぐに思い直した。まだ見つかるわけにはいかない。
「部長、かくれんぼなんかしている場合じゃないでしょう」
「商談が流れたら責任問題ですよ」
 部下が必死になって叫んでいた。この商談が壊れたら大変な損害だ。首が飛ぶかもしれない。しかし、今はかくれんぼの方が大事だった。それに、部下がグルになっていて、出て行ったら経理部長に、○○くん、みーっけ−−と言われてしまうかもしれない。いや、きっとそうだ。そんな手に乗るものか。

 辺りはすっかり暗くなった。もう退社時間も過ぎている。遂に隠れ通したぞ。私はかつてない充実感を味わっていた。自分がこうしてかくれん症候群に取り込まれてしまったことには気づいていなかった。かくれんぼに参加したもの全員が処分を受け、中でも最後まで見つからず、大事な商談をすっぽかし会社に大きな損害を与えた自分には解雇処分が下されたことも知らなかった。

                                  了


BACK